コロナ禍による世界不況や雇用不安が危惧される中にあって、米国の株式市場では、はっきり明暗が分かれている。一般消費財、小売、運輸、流通業などが苦境に陥る一方、ニューノーマル(新常態)の状況が、経済の転換とデジタル・トランスフォーメーション(DX)を加速すると見なされ、ナスダック系のIT企業に投資が集中しているのだ。
このことは、GAFAMのような一般にも有名な企業だけでなく、BtoBのエンタープライズIT関連の企業にもいえる。クラウド系のテクノロジー企業、さらに新興のSaaS/サブスクリプション企業の多くが(言葉が不謹慎かもしれないが)、「コロナを追い風に」急騰している。株価だけではなく、足元の決算状況も堅調で、エンタープライズのクラウド系の企業の多くが、2020年度のコロナ後の四半期に好調な決算を公表している。
そのうちの一社が米アドビ(Adobe)だ。6月に発表された2020年度第2四半期の収益は過去最高となる31億3,000万ドル、前年同期比14%増となった。
アドビが過去最大収益を叩き出した牽引力は何か――コロナ禍によるリモートワークの状況によって、Adobe Creative Cloudに代表されるデザイナーやクリエイターの需要が増したことは容易に想像できるが、それだけではないようだ。このことをアドビの広報に確認してみたところ、意外ともいえる回答があった。
「米国の決算のレポートを見ると、顕著なのは電子契約サービスのAdobe Signの成長」だというのは、アドビ広報マネージャー 坂田氏だ。
米アドビの決算報告書では、2020年度の第2四半期までの期間、12月から5月末まででAdobe Signの利用が175%伸びていると記載されている。「Adobe Signと同じく、Adobe Acrobat DCの引き合いも非常に増えた」(坂田氏)という。
コロナによって出社できない状況の中で、電子契約サービスへの需要が高まった。そして、これは日本においても同様だ。
日本でも急増した電子契約への問い合わせ
アドビ広報によると、同社への電子契約関連の問い合わせは急増した。3月以降、Adobe Signのサイトへのアクセスは3倍以上、5月末までにおこなっていた90日無料トライアル(現在は終了)の申込みは従来の5倍になったという。
またアドビが5月に発表した「中小企業経営者に聞いた判子の利用実態調査」も反響が大きかった。その内容は、「契約手法としてハンコの利用率は83.0%で、電子契約の利用率はわずか17.8%にすぎない」というもの。そしてハンコをやめられない理由として、「取引先の契約方法に従う必要がある(51.4%)」、「法的に有効かどうか心配(30.7%)」、「セキュリティ上の不安がある(30.1%)」という結果だった。
この結果を社内でのデジタル化の推進のための資料として使いたいという問い合わせも多かったという。
政府の発表も引き金に
紙とハンコによる書面契約は商慣行にすぎない。ただ社会的には漠然と法律として定められているという空気感があったが、6月になって変化があった。政府(内閣府・法務省・経産省)は、「押印をしなくても契約の効力に影響はない」という見解を出したからだ。
Adobe Signへの問い合わせが急増したのはその時からだ。
「これまでも働き方改革や生産性向上を目的に、”Nice to Have”であったものが、”Must Have”で必須になりました」(坂田氏)
「Adobe Sign」の導入を促進するパートナープログラムを開始した。それまではアドビによる直販で展開してきたが、全国の企業をサポートすることと、導入にともなう相談に対応するためだ。