1.1 クラウドコンピューティングの現状
一言でクラウドコンピューティングと言ってもさまざまな種類がありますが、本書では、IaaS(Infrastructure as a Service)タイプのクラウドを前提とします。まずは、クラウドコンピューティングが生まれた背景から、IaaSタイプのクラウドの位置づけを整理しましょう。
1.1.1 クラウドコンピューティングの誕生
一説によると、「クラウドコンピューティング」という言葉は、2006 年に誕生したと言われています。米 Google 社の元 CEO であるエリック・シュミット氏が、自身のプレゼンテーションで初めてこの言葉を使用したそうです。その後、インターネット上で提供されるさまざまなサービスが「クラウドサービス」と呼ばれるようになりました。
当初は、一種のマーケティング戦略として「クラウド」という用語が用いられており、実際のところクラウドコンピューティングとは何なのか、だれしも明確な答えを持っていませんでした(当時、一部の IT エンジニアの間では、「クラウドコンピューティングの定義」で議論に花が咲くこともよくありました)。
しかしながら、これまでのクラウドサービスの歴史を改めて振り返ると、クラウドコンピューティングが実現したものとは、「必要な IT リソースをすぐに利用できる環境」、すなわち、「IT リソースの自動販売機」に他ならないことがわかります(図1.1)。
クラウドコンピューティングを実現するうえで必要となる、さまざまな技術要素はありますが、クラウドコンピューティングの本質は、技術的な仕組みそのものではない点に注意が必要です。
1.1.2 パブリッククラウドとプライベートクラウドの違い
現在、世の中で提供される各種のクラウドサービスは、「だれが利用するのか?」「何が提供されるのか?」という 2 つの観点で分類することができます(図 1.2)。先ほどの「自動販売機」のたとえで言うと、「自動販売機の利用者」と「販売商品」という点にあたります。
まずは、「利用者」の観点で整理します(図 1.3)。いわゆる「プライベートクラウド」は、特定企業専用のクラウド環境です。
その企業のユーザーのみが専有的に利用する形になります。ちょうど皆さんのオフィスに設置された自動販売機のようなもので、オフィスにいる人だけが利用できます。この場合、自動販売機の設置場所は、その企業が提供する必要があり、場所代や電気代は、利用企業自身で負担する必要があります。その代わり、商品の販売で利益を出す必要はないため、販売価格は少し安くなります。
もう一方の「パブリッククラウド」は、複数企業のユーザーが共同利用する形態になります。パブリッククラウドの多くは、「マルチテナント」の機能を有しており、見かけ上は、他のユーザーの存在を意識せず、自分専用のクラウド環境が利用できるようになっています。
しかしながら、その裏にあるクラウドを構成する物理的な機器は、クラウドサービスの提供企業が用意したものを複数ユーザーが共同利用することになります。街頭の自動販売機のように、だれもが自由に利用できるサービスですが、提供企業は商品販売で利益をあげる必要があるため、商品の価格はその分だけ割高になります。
現実のクラウド環境で言うと、これらは、コスト構造の違いになります。自社内に専用のクラウド環境を用意するには、データセンター、および、ハードウェア資産を確保する必要があるので、そのための初期投資が必要です。
一方、パブリッククラウドのサービスを利用するのであれば、このような初期投資は不要です。必要なリソースをその都度、必要なだけ確保して利用することが可能です。したがって、必要なリソースの総量に大きな変動が予想される、もしくは、増減の見通しが立てづらい状況では、パブリッククラウドのほうが自由度は高くなります。
逆に言うと、ある程度の規模のリソース活用が事前に想定される場合は、プライベートクラウドのほうがコスト的に優位になり得ます。
パブリッククラウドの場合は、リソース使用量に応じてコストが増加するため、基本的には、コストは直線的に増加します(実際には、使用量が増えると割引きが行なわれることもあります)。
一方、プライベートクラウドでは、最初に用意したリソースを使い切るまでは、追加投資は発生しません。リソースが不足するごとに一定量のハードウェア資源を追加するので、コストは階段状に増加することになります。イメージ的には、図 1.4 のような違いとなります。