デジタル化の草分け企業、花王が語る経理からのDX
80年代から受発注等、取引業務の効率化やシェアードに取り組んできた花王は決算業務のDXをコロナ禍において着手した。花王が取引先も巻き込みながら実践するESG経営の取組みについて、また経理財務のDXをどう進めていくか、さらに経理メンバーの人材育成の考え方などが多彩な視点で展開している。花王ビジネスアソシエで、会計サービスグループの部長を務めてきた上野 篤氏、クラウド決算サービスを提供するブラックライン代表の宮﨑 盛光氏の両氏が語った。
―― 新型コロナ以降、デジタル化に対する需要が高まり、一層「脱ハンコ」や「テレワーク」というワードが聞かれるようになりました。日本企業の機運は良い状況にあると感じます。宮﨑さんに伺いますが、現場の声をどのようにご覧になっていますか。
宮﨑 新型コロナの感染拡大が始まった時に、経理財務の方々が、決算業務を在宅でやらねばならないという状況におかれました。その時の障害が紙やハンコの存在です。紙媒体のPDF化や押印作業を代替する手段を通じて一定程度のデジタル化が進んでいますが、生産性の向上にはつながっていないという声が多いです。
今日の資料は「取り残された領域」ということで、経理財務の決算業務の流れを示しています。財務会計プロセスは取引記録から決算書作成・開示までになります。決算処理、監査対応は紙・押印・Excelを多用した手作業のマニュアル・プロセスでした。昨年起こったことは紙のPDF化やExcelを外から見られるようになったという対応にとどまっているという印象です。生産性の向上には行きついていないとイメージいただけると思います。
いわゆるDXの「D」=デジタル化はある程度できていてもその上での「X」=トランスフォーメーション、何かを変えていくところには行き着いてない。「X」をやりきることが生産性の向上につながると思います。日本企業の経理財務の方々は昨年のきっかけで、デジタル化に一歩踏み出されていますが、その先の「X」に行ってもらおうと申し上げています。
トランスフォーメーションに向かう経理財務の革新
――「D」を行ってその後「X」をどうやっていくかが重要ですね。この「D」を先駆けて実践し、「X」をチャレンジされている花王様は、会計におけるDXはこれまでどのように取り組んできたのかご説明いただけますか。
上野 花王グループでは「現状不満足」という言葉に象徴されるように、たえざる企業革新をテーマに掲げています。デジタル化についても、紙の伝票をやめる、手形をやめる、取引先とのEDI(データ交換)という形で80年代からやっているわけです。新型コロナの影響があって、決算プラットフォームなどの重要性が出てきましたが、その前に宮﨑さんの資料にある、取引記録から始めていく必要があると思っています。
以下が花王グループのDX領域です。私たちは「ノン伝票」や「EDI」など80年代、90年代から続けてきて、昨今はDXとして注目されていますが、これまでの延長だと思っています。もちろん「X」というものが目的に不可欠です。受発注業務、債権債務、財務オペレーション、最後に決算、情報を開示する制度財務、これらが企業として重要なプロセスとなります。花王の経理関連のDXはこの全てが回ってできることです。
私たちはシェアードサービスで業務を遂行していますが、DXを進めてきたおかげで、トランザクション領域の仕事はかなり減ってきています。それによって、「X」が可能になるのだと思います。
具体的には、私たちが目指すESGの領域の中で働き方を変えていくことになります。たとえば、リモートワーク化することで介護や育児があっても働ける、決算業務に携われるということです。さらに取引先の電子化、効率化を踏まえて活動していくことです。もちろん、これらはビジネスパートナーがいるので花王だけではできません。取引先と一緒に電子化を進めることで、一つずつやっています。
そして「X」のゴールとして掲げている重要な項目がガバナンスです。ブラックラインのプラットフォーム機能を使うことで、決算業務にとどまらず、債権債務やキャッシュのところにつなげていくことが出来ると考えています。つまりデータ連携をやっていかないと経理財務の高度化は難しいと思います。プラットフォームをうまく使いながらすべての領域を連携したいと考えています。
―― 経理財務のそれぞれの分野で電子化、データ化を取り組んでこられたわけですね。
上野 「ノン伝票」の取組みから始めて、前身である事務センターの集約も80年代から始めてきました。したがって受発注の効率化はかなり早いと思います。その次は債権債務です。取引の流れとしては受注する、物を買う場合には発注すると買掛金・売掛金につながります。DXの段取りもプロセスに応じて、受発注から手をつけ、債権債務にいく流れだと思います。
最近ではファームバンキングのオペレーションやグローバルキャッシュマネジメントやブラックラインのサービスの導入に踏み切りました。ここは重要な部分で私たちも最近まで紙に依存していましたが、コロナをきっかけにして、変えていこうということになりました。
―― 全部がつながって電子化をしていかないと、どこか一つでも紙主体や属人的なところがあるとプロセスが止まってしまいますね。
上野 プロセスの「可視化」が非常に重要で、フロー全体が見えないとどこから手をつけていいか、どこに問題があるかもわからないということになります。企業体が大きくなるほど属人化も発生します。自分の仕事スタイルを変えたくない、紙にこだわる、変えるのが面倒というような属人化の問題は大きいです。それがデータ連携を阻害する要因でもあります。
―― 自社内だけではなく取引先を巻き込んで、一緒にサプライチェーン全体で取り組むのも重要なわけです。
上野 間接材購買のeマーケットプレイスや業務品のFax受注削減、その債権債務はビジネスパートナーと直結するトランザクションです。花王だけ電子化して、他のビジネスパートナーは従来通りでは手間になります。ここは一番のハードルです。電子化のためのツールやプラットフォームは業界を挙げて、他のITベンダーと協働してもっと認知を上げて、たとえば低価格で導入あるいは国からの補助金等を活用できる、さまざまな団体にアピールしていくといった取組みが必要だと考えます。
―― 段階を経て「D」と「X」を進めて来て、最後に決算のところもアクセルを踏まれているわけですね。
上野 受発注や請求書は以前から手をつけていたので、コロナ禍での出社率は3、4割に抑えられていましたが、これまでは、決算業務については会社に出ることが多かった。今後は、決算プラットフォームを導入することで決算についても変えられると考えます。
宮﨑 数十年にわたってDXを推進されてきている日本を代表する企業である花王様とプロジェクトでご一緒して感じることは、花王の経理の皆様は、本当に現状に満足ししていないということです。もっとよくなると日々考えながら、プロジェクトに臨まれている。これも数十年にわたって取り組まれてきたからこそ根づいている文化だと思います。
もう一つ、いち早く世界標準を取り入れていることです。われわれの決算プラットフォームはグローバルでは数千社のお客様に使われています。そのベストプラクティスに業務を合わせていこうという考えのもと今回のプロジェクトも取り組まれています。そうした歴史や、企業文化、人の考え方、プロジェクトメンバーに対するモチベーションの維持も含めて、DXを本当に「X」へ進める土壌が整っているという印象を持っています。