創薬領域で進むAI活用
では、3つの基本戦略を実行する上で、具体的にどのような取り組みを進めているのか。中外製薬にとって、いわゆる「1丁目1番地」に相当する戦略が「デジタルを活用した革新的な新薬創出」である。これを同社内では「DxD3:Digital Transformation for Drug Discovery and Development」と呼んでおり、その代表的な取り組みとして「AIを活用した創薬プロセスの革新」「デジタルバイオマーカーの開発」「リアルワールドデータ/リアルワールドエビデンスの活用」の3つを志済氏は挙げた。中でも特に大きな期待を寄せているのがAIである。
AIを活用した創薬プロセスの革新
研究開発者は標的分子に対し、効果的に働く分子配列を見つけるために何万ものパターンの中から医薬品の候補を探索している。抗体医薬や中分子薬を得意領域とする中外製薬にとって、その候補絞り込みのプロセスに機械学習を適用することで、新薬創出のスピードアップを図る狙いがあるという。この他、デジタルパソロジーと呼ばれる病理診断の分野、研究開発における論文解析、ヒトの薬物動態のシミュレーションにもAIを活用している。
デジタルバイオマーカー開発
ウェアラブルデバイスで測定する生体情報を活用し、患者の状態把握や治療による変化を客観的に可視化する取り組みである。志済氏が紹介したその活用例は2つ。1つは、子宮内膜症における活用である。子宮内膜症は激しい痛みをともなう疾患であり、客観的に痛みを可視化するために定量的評価を行う共同研究を進めている。もう1つが血友病における活用だ。この疾患は一度出血が起こると、止まらなくなる難病だ。患者の運動状況と量、出血との因果関係をウェアラブルデバイスを用いた活動データで評価を行っている。
リアルワールドデータ/リアルワールドエビデンスの活用
リアルワールドデータとは、実臨床を通じて得られる様々な患者データのことである。その中には年齢・性別・生活習慣といった患者属性に関するものから、投薬や処置のような医療行為に関するもの、臨床検査値のように実臨床下の有効性や安全性に関するもの、費用に至るまで様々なデータが該当する。今後活用が加速することで、一人ひとりの患者の状態を深く理解し、個別化医療を実現するものとして期待されている。
ただし、その活用を進めるには複数の課題が残る。まず、散在しているデータを利用可能なデータ形式に整理しなくてはならない。国内では、分析可能なレベルにまで整備された高品質な医療ビッグデータが不足している。何より、個人に由来するデータがどこまで利用できるのかを定めたルールやガイドラインの整備が遅れているという。加えて、社会的なコンセンサスも確立していない。これらの難題に対し、中外製薬は自社でのエビデンス創出に加え、パートナー企業、医療機関、製薬協などの関係団体と共に政府へデータ活用を働きかけていこうとしている。
現在注力している業務プロセスの効率化
基本戦略の2つめ「すべてのバリューチェーン効率化」に関して、志済氏は2つの取り組みを紹介した。1つは、生産機能に直結するスマート工場に関するものである。生産機能の高付加価値化に向けて進めている一連の取り組みのゴールは、完全に自律化/自動化が達成されたスマート工場であるが、まずは業務プロセスの効率化に焦点を当てているという。たとえば、効率的な作業計画を策定し、社員それぞれのスキルに合った仕事のアサインを自動で行う取り組みを進めている他、VRを活用することで、リモート環境でも熟練のリーダーから新人に様々な指示を与えられるような取り組みを推進している。
そして、もう1つはデジタルマーケティングである。コロナ禍でMR(Medical Representatives)が病院に訪問し、情報を提供することが難しくなった。訪問規制がある中、どうやって医師にコンタクトを取り、有益な情報を提供できるのか。活路を見出すために採用したアプローチがデータ活用である。収集した様々なデータを分析し、結果から得られるインサイトをMRに提供する仕組みを整備したという。また、オウンドメディアのアクセスログを解析し、医療従事者それぞれのニーズを予測しながら、MRに最適なアクションを提示する取り組みも進めている。