大変革期に必要な人材・組織、DXの本質とは
「100年に一度の大変革期にDXが不可欠というと、『先行事例はないか』と問われる。しかし、大変革期にあった先人たちは、先行事例を必要としていたのだろうか」
冒頭で和泉氏はそのように語り、「変革を達成するための人材・組織、そしてDXについて、本質的な議論が必要なのではないか」と訴えた。そして、DX人材と目される技術者が陥りやすい傾向として、John Seely Brown共著『なぜITは社会を変えないのか』(宮本喜一 訳、日本経済新聞出版)から、「ハンマーを持つ人」の一節を紹介。ハンマー(技術)を手にもっていると、その活用や目先の改善ばかりに気を取られ、本質的な課題解決に思いが至らないというわけだ。
「企業による競争の戦略には、大別して、『better=改善』と『different=別物』の2通りがある。いずれも大切なのは間違いないが、変革の時代においては、後者がより重要となるのは間違いない」と和泉氏は語る。
既存ビジネスから脱却できず、改善にとどまる日本のDX
経済産業省が2018年に発表した『DXレポート~ITシステム「2025年の崖」の克服とDXの本格的な展開~』では、「あらゆる企業がデジタル企業へ変革する」と記されている。
その好事例として、宮崎大学医学部附属病院の取り組みが紹介された。同病院では、看護師が携行する端末をスマホ(Android OS)ネイティブで実装し、電子カルテの全項目を構造化した上で院内物流にQRコードを導入した。紙カルテという既存の業務を電子化するのではなく、電子カルテとスマホ端末に業務が最適化されるような形で設計・実装している。
その結果、看護師の入力作業がかざすだけ、撮るだけとなり、スタッフステーションに戻らずとも仕事ができるようになった。それによってサービスレベルが上がり、超過勤務が削減され働き方改革へとつながっただけでなく、離職率も大きく下がったことで経営的な改善効果も表れた。
「紙カルテを電子化するだけであれば、単なる電子化で端末が増える程度。看護師の働き方改革までできたことに、DXの大きな意味がある」と和泉氏。さらに医師全員にも端末を配布したことにより、看護師との連携も改善され、組織横断による全体の変革にもつながったという。
「DXは、良い意味でも悪い意味でもコモディティ化している。あくまでDXの中心的概念は、“トランスフォーメーション=完全な変化”であり、デジタルは手段に過ぎない。しかし、手段ばかりがフォーカスされるために、現場における既存ITシステムへの依存、サイロ化や縦割りが問題となっても変えられない。ビジネスモデルや業務を変革しようとしても、現場に委ねていては無自覚に現行ビジネスを継続し、改善を続けるだけ。『2025年の崖』で示したように、デジタル競争の敗者となってしまいかねない」と和泉氏は警鐘を鳴らす。
さらに、DXレポートが世の中に示した危機感への反応に対し、和泉氏は「想定と逆方向の反応が多かった」と語る。新しいビジネスモデルを考えるのではなく、既存のITシステムを延命させるテクノロジーが活性化されてしまい、本質である経営課題の解決が先送りになってしまったというわけだ。