『伊藤レポート』の問題提起とデータドリブン経営
近年の経済環境や社会環境の大きな変化で、データドリブン経営の重要性は高まるばかりです。お客様の意識が変わる。行動も変わる。そしてマーケットも変わる。そうなると、これまで提供してきた製品やサービスも現状維持のままではいられません。さらにコロナ禍とウクライナ侵攻により、将来の先行きに対する不透明感が増していますし、NetflixやUberのようなディスラプターの台頭に象徴されるように、デジタルテクノロジーを用いた新しいビジネスモデルの創出やビジネスプロセスの見直し。つまり、DX、CX、SX(Sustainability Transformation)が喫緊の課題になっています。
バブル崩壊以降、約30年続く停滞からの脱却には、イノベーション創出に向けた新たな投資は不可欠ですが、多くの企業が投資に十分な資金を回すことがなかったのではないかという反省があります。2014年8月に経済産業省が発表した「『持続的成長への競争力とインセンティブ~企業と投資家の望ましい関係構築~』プロジェクト」の最終報告書(通称:伊藤レポート)」は、日本企業の長期的停滞の原因の一つとして、「短期主義経営」を指摘しています。背景にある要因の一つとして、大企業における社長の在任期間が4〜6年と比較的短いことが挙げられています。業績に関わらずこの期間が固定化されてしまったため、新規投資へのモチベーションが低下してしまい、持続的な成長が阻害されることにつながったとレポートでは分析されています。
前回の記事で触れた、資金の調達コスト=資本コストを重視する「資本コスト経営」ともデータドリブン経営は大きな関係があります。伊藤レポートでは、日本企業が持続的成長を実現するため、投資家との対話、資本コストとROEを意識することが提言されていました。海外投資家の関心を阻害する日本企業のROEの低さには、収益性の低い事業への対策が大きく関係しています。複数事業を営む一定程度の規模の企業においては、体質改善のために新事業への投資、既存事業の成長、収益性の低い事業からの撤退など継続的な事業ポートフォリオの見直しが求められます。事業評価の資本効率性指標としては、ROIC[1]が主流となっていますが、ROIC算定のためには事業別BSの作成が必要ですし、中長期の目標を設定するのであればBSの計画・予算の作成も必要となります。正しく意思決定を行い各事業のオペレーションがBS、PL双方の財務データへ影響を与える要因を考え、事業部内の部分最適とグループ企業の全体最適を考えることが必要となります。
また、日本企業のROEが低迷する原因には、P/Lへの意識が高い反面、B/Sに対する経営者の関心が低いことも大きく影響していると言われます。しかしながら、実態としては必ずしもそれだけではない見方があります。ROEの計算式を分解(デュポン分解)すると、以下のようになります。
ROE=当期利益÷自己資本
= 売上高当期利益率 × 総資産回転率 × 財務レバレッジ
この3つの要素を米国企業と比較すると、実は日本企業全体の総資産回転率と財務レバレッジはさほど大きな差がありません。問題は売上高当期利益率の低さであり、それは先進7ヵ国中最低と言われる労働生産性の低さとしても現れています。日本企業の収益性が低いことは結果論ではありますが、イノベーション創出のための投資を行い、中長期で資本コストを超えるリターンを生み出す必要性への意識づけが不足している。伊藤レポートが批判した「経営の短期志向化」への警告にくわえて、中長期の成果を新規投資からも獲得するためには、投下資本に対する資本効率を測定する仕組みが不可欠です。そのためには様々なデータによる裏付けが必要となることは明白であり、積極的なIT活用も欠かせません。
また近年『人的資本経営(伊藤レポート2.0)』や「ESG経営」の推進も求められています。これらは「資本コスト経営」同様、データ(この場合は非財務情報ですが)に基づいた経営意思決定を行う必要があります。本稿の主題は会計なので詳細は触れませんが、データに対する経営者の要求は益々高まっていると言えるでしょう。
[1] ROIC=税引後営業利益÷事業投下資本
事業投下資本=事業に投資した有利子負債(現預金控除後)+株主資本