より柔軟に対応できる基盤を求め、オンプレミスからデータクラウドに挑戦
「Vehicle360」は、設計、生産、物流、品質保証など車に関するすべてのデータを集約し、活用できるようにする日産自動車のデータプロジェクトだ。
プロジェクトがスタートしたのは2018年、馬場氏は当時をこう振り返る。「業務領域をまたがったデータが散在している状態でした。自分の部門に保管されているデータを使う分には問題ありませんが、部門領域を横串ししてデータを利活用することが難しいという状況でした」。
解決のためにはデータの基盤を構築し、車を軸にさまざまな事業領域のデータを一元管理する仕組みが必要だった。そこで、車両に関わるマスター情報やトランザクション情報をキー情報でつなげ、クロスファンクションからアクセシビリティの高いシングルデータベースの構築を目指したという。
このとき選んだのがSnowflakeだ。データクラウドを試してみようと思った背景には、それ以前に構築していたオンプレミスのビックデータプラットフォームで直面した課題がある。馬場氏は、「運用やコスト面での負荷、さらには日進月歩で出てくるツールを柔軟に使えないなど、ユーザーのニーズに応えるのに時間がかかっていました」と振り返る。
実はSnowflakeの存在自体はチームメンバーが把握しており、詳細を聞くと「いけそうだ」と思ったものの課題に突き当たる──日本法人がまだなかったのだ。「当時、アジアパシフィックではオーストラリアにしか拠点がありませんでした。問い合わせをしてやり取りをしているうちに日本法人を作ることがわかり、AWSの日本のリージョンでも稼働させることを約束してくれたこともあり、社内承認をとるためすぐに動きました」。
いざ導入が始まってからも、データのパイプラインをどのように構築するのか、ネットワーク構成はどうするかといった技術的な課題に直面した。馬場氏は「それまで弊チームはオンプレミスでずっとやってきたので、クラウドは未経験。基本的なところから勉強しました」と話す。オーストラリアのSnowflakeチームと試行錯誤しながら、シンガポールリージョンに最初のSnowflakeベースの基盤を構築できたという。
「エンタープライズデータサービスチーム」としてサイロ化解消を目指す
苦労の甲斐あって、「運用の面ではすぐに効果が出ました」と馬場氏、オンプレミスでは1年がかりのプロジェクトで構築していたようなことが、「数クリックでインスタンスを作成できる。しかも拡張も簡単です。ハードウェア、ミドルウェアをずっと監視して何かあれば復旧するという運用から完全に解き放たれたというのは、絶大な効果です」。
運用が楽になっただけではなく、スピード面でもオンプレミスとの違いを実感している。「データを増やしたい、インスタンスを大きくしたい、新しいツールを導入したいなどのユーザーの急な要望に対し、すぐに答えられます。新しい機能がどんどん追加される点も助かっています」と馬場氏は話す。
当初、オンプレミスでデータレイクを構築した際には、情報システム部内のインフラチームの中に担当チームを組成していたものの、その役割はインフラ管理の側面が強く、プラットフォームに格納されているデータを“一貫したガバナンス”を持って管理できているとは言えない状態だったという。しかし、データのサイロ化を打破するという目標に向けてインフラ管理ではなく、“データに責任を負う”チームが必要不可欠であり『エンタープライズデータサービスチーム』という新たな枠組みでのチャレンジに至っている。
「“箱の中にあるデータ”を管理しない限りは、その中でデータがサイロ化してしまいます。従来のやり方ではサイロ化を解消し、データ活用につなげられないという課題がありました」(馬場氏)
そこでエンタープライズデータサービスチームでは、データウェアハウスにどのようなデータを入れるのか、どのようにデータを利用するかなど、“データそのもの”を適切に管理するための役割を担っている。「データがサイロ化すれば、それを管理する組織もサイロ化し、データに関するナレッジもサイロ化していきます。データと共にナレッジを集約管理することで、エンタープライズデータサービスチームがユーザーにとってのリポジトリとなり、社内のデータ利活用に関する活動全体の底上げに寄与したいと考えています」と馬場氏。ディレクトリ構造、データモデルなどについても踏み込んで管理することで、サイロ化の解消を図っているという。
こうしたいくつかの取り組みが奏功し、データにアクセスしたい人は『エンタープライズデータサービスチームに問い合わせる』という文化も生まれている。この効果は数字にも表れており、「オンプレミスのデータ基盤のときは、データ活用のプロジェクト数は17でした。それに対して、新体制での取り組み後には、新たなデータ基盤が本格的に立ち上がってわずか2年で130を数えます。データ利活用の加速はかなり進んでいると思います」と笑顔で語る。
自社を超えたデータ連携の基盤へ
このような経過を経ているだけに、今回のDATA HERO OF THE YEAR受賞を「素直に嬉しいですね」と喜ぶ。
Vehicle360の道のりはまだ始まったばかりだ。グローバル企業である日産自動車には、世界でさまざまなデータが溜まっている。馬場氏は、日本国外でもクラウドを使ったデータ基盤を整備する動きが見られるとして、「グローバル規模で共通のプラットフォーム上に日産自動車のデータを寄せることで、サイロ化をなくし管理しやすい状態にするだけでなく、安全にアクセスできる環境の実現に近づきつつあります」と続ける。
世界中の日産自動車の拠点がクラウドを通してデータを集約、サイロ化を解消してより安全性を担保できるようになれば、地域をまたいだデータのやり取りが進む。さらにその先には、関連会社、サプライヤーなど自社以外の企業ともデータを活用し、連携する可能性もある。今後も同社における、さらなるデータ利活用へ向けた挑戦からは目が離せない。