これまでの2回、データ中心のカーボンマネジメントの重要性について解説してきた。先進企業は「今のままではまずい」と気付いたことだけを理由に取り組んでいるわけではない。世界的な気候変動への危機感や道義的責任を超えた強い動機が、イノベーションの創出によるビジネスの長期的成長を実現することにある。今回は先進事例を紹介しながら「DX+SX」で実現する未来を考えてみたい。

KPMGコンサルティング パートナー 金子直弘氏
DXよりも幅広い知識が求められるSX
前回、日本でもサステナビリティ経営推進室を立ち上げる企業が現れ始めているトレンドを紹介した。組織全体の旗振り役として、経営企画部や総務部の一部のメンバーが集まって立ち上げた状況にある。特に権限を持たず、現状分析のために各部門に協力を依頼するところから始まったとすると、全社的な取り組みとしてSX(サステナビリティ・トランスフォーメーション)に取り組むにはとても十分な体制とは言えない。次の段階ではどんな人材を集めて取り組むのか。変化の方向性を知りたいところだ。
DXの場合は、今もデジタルとビジネスの橋渡しができる人材の必要性が叫ばれている。確かに企業経営がわかっている人だけではダメで、データサイエンティストを集めればいいわけでもない。SXの場合はもっと複雑で難しい。KPMGコンサルティングは企業が持続可能な社会の実現に貢献し、中長期的な企業価値の向上を実現するための支援を行う専門組織として「SXユニット」を立ち上げ、サステナビリティ課題の解決に向けたサービスの提供を行っている。
「このSXユニットで重視したのがバランス」とKPMGコンサルティングの麻生多恵氏と金子直弘氏の2人は話す。企業がSXを進める上でどんな知見があればいいか。DXよりも難しく、同社も試行錯誤を続けている。「バランスが大事なのではないかと考え、SXユニットには、戦略、ファイナンス、リスク、エネルギー、ガバナンス、インダストリー、政策動向、国際機関など、様々な専門知識を持つ人材を集めた」と麻生氏は話す。それでも企業との対話では、電力プランナーなど、別の専門知識の必要性を実感するのが実情という。DX以上にあらゆる専門知識を総動員しなくてはならないところにSXに求められる知識の幅広さが見てとれる。
当事者としての企業もSXをわからないままにしておくことはできない。ゴールは明確で新しいビジネスモデルを確立することだ。DXとの統合の方向性が見えてきたことからも、DXが定着していることが前提条件になりそうだ。だとすると理想は「全員DX人材」の実現になるが、それがそのままSX人材にならない可能性も残る。例えば、自動車業界のように全社員が脱炭素を意識しなければならない場合、取り組みの過程で「全員SX人材」を目指すべきかもしれないが、目標達成後の方がもっと重要だ。もしかしたらSX推進部門はその役割を終えることになるのかもしれない。
そうなると、目の前の変革に必要な人材を育成するよりも、ビジネスを成長させられる人材を育成する方がSXの本質に即している。DXを進める時の阻害要因になっていることは早急に解決し、地ならしをしておいた方が良さそうだ。
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冨永 裕子(トミナガ ユウコ)
IT調査会社(ITR、IDC Japan)で、エンタープライズIT分野におけるソフトウエアの調査プロジェクトを担当する。その傍らITコンサルタントとして、ユーザー企業を対象としたITマネジメント領域を中心としたコンサルティングプロジェクトを経験。現在はフリーランスのITアナリスト兼ITコンサルタン...
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