「サステナビリティデータ管理」「CO2排出報告」「炭素税義務化」──日本企業に迫られる喫緊の課題にどう対応するか?
SAP President of SAP Asia Pacific Japan ポール・マリオット氏
日本企業はDX推進に取り組んでいるところだが、世界はさらにその先を進んでいる。その情勢を考慮し、経済産業省は2022年9月に経営者に向けての戦略的行動指針を示す『デジタルガバナンス・コード』を改訂し、「SX/GXを推進していくためには、DXとの一体的な取り組みが望まれる」と明記した。ビジネス成長とサステナビリティは相反するテーマにも見える中、先進企業はどのように取り組んでいるのか。日本企業はどのように取り組むべきか、SAPのポール・マリオット氏が提言を行った。
世界経済フォーラム、経済産業省の報告から見える日本のサステナビリティ課題

世界経済フォーラム ✕ BCG ✕ SAPによるレポート
世界経済フォーラムは、2023年4月にBoston Consulting Group(BCG)およびSAPと共に「Accelerating Asia’s Advantage: A Guide to Corporate Climate Action」と題したホワイトペーパーを発表し、企業の気候変動対策に投資するアジア企業にもたらされるビジネス機会を明らかにした。レポートでは、再生可能エネルギーの拡大、建物のエネルギー効率化、製造業の循環性向上などの活動で、2030年までに4.3兆米ドルの収益機会がアジア企業にもたらされると試算している。また、この収益機会を実現するための雇用はアジアに集中しており、2億3,200万人の雇用が創出される見通しでもある。一方で、世界のCO2排出量の半分以上がアジアに集中している。その中で日本の占める割合は比較的少ないとは言え、気候変動対策が大きな課題であることに変わりはない。
レポート内では、日本企業にとっての重要な経営課題も示されている。それはやはり脱炭素化である。日本の顧客との対話の機会の多いマリオット氏は、「私たちのお客様の悩みは、原材料調達から廃棄に至るまでのサプライヤーマネジメントにあります。それが難しいので、サプライチェーン排出量のデータへのアクセスに問題を抱えています」と指摘する。サプライチェーン排出量とは、Scope 1、2、3の排出量を合算したもので、戦略的に課題解決に取り組む企業に基礎データを提供してくれる(図1)。

経済産業省のサステナビリティアンケート調査
2023年3月に経済産業省が発表した「サステナビリティ関連データの収集・活用等に関する実態調査のためのアンケート調査結果(速報版)」でも、先進企業が企業価値創造の観点からサステナビリティを重視していることが明らかになった。開示の観点から重視するサステナビリティデータの分野は「気候変動・脱炭素」が1位で、「人事・労務」「人権」がこれに続く。一方で、マリオット氏はサステナビリティデータの収集に課題を抱えている現状に着目する(図2)。調査結果からは、データ収集対象となる範囲の相違、集計に長期間を要すること、組織体制の不備などに問題を抱えていることもわかった。特に自社組織外のデータへのアクセスに困難がある。
この調査の参加企業は、ESGに関心の高い一部の先進企業(一般社団法人ESG情報開示研究会の会員企業及び任意協力企業47社に質問票を送付し、速報版集計時点で回答を得た39社)にとどまるが、テクノロジーを効果的に適用した解決方法は、これからESG経営に注力しようとする企業にとっても、これらの課題は共通するものと考えていいだろう。

この課題解決に向けてのSAPのアプローチは、5月に行われたSAP Sapphire 2023の基調講演で行われた発表で具体的に示されている。まず、SAP Sustainability Footprint Managementをアップデートし、Scope 1、2、3のCO2排出量を企業、ビジネスプロセス、製品レベルで測定できるようにしたことだ。SAP Sustainability Footprint Managementは、世界のビジネス取引の77%を扱うSAP S/4HANA Cloudと統合されており、ビジネス活動で発生する様々な取引から排出量を直接計算できるデータを得られることになる。図3では、原材料の調達取引の内訳と取引ごとのCO2排出量(右端)を示している。

次に、SAP Business Networkの一部としてSAP Sustainability Data Exchangeの提供を開始する。SAP Sustainability Data Exchange は、PACT(持続可能な発展のための世界経済人会議(WBCSD)が主催する炭素の透明性のためのパートナーシップ)が確立した技術仕様に準拠しており、SAP Business Networkを経由してカーボンデータをサプライヤーから直接収集できるようにした。SAP利用企業は、サステナビリティ観点からの財務目標の達成状況も把握できることになる。
グリーン台帳
さらにSAPは、財務データとカーボンデータを組み合わせ、ビジネスプロセスの改善に向けたインサイトの提供と効果的な意思決定を可能にする「グリーン台帳」のコンセプトを推進することにした。今後は、このコンセプトに即して、SAP S/4HANA CloudのリリースごとにCO2排出量を管理するための新機能を提供していく。例えば、次のメジャーアップデートでは、カーボンデータを製品レベルのコスト計算に用いる方法を提供する計画だ。ERPからこれらの機能を利用できるようにすることで、不正確な推定値に基づくのではなく、財務データと整合性があり、監査準備も万全な排出量データを収集できる。SAPの考えは「お金を管理するようにCO2を管理することです」とマリオット氏は説明した。
日本企業が始めるべき3つのステップ
日本企業はどこからサステナビリティプログラムを始めるべきなのか。マリオット氏は投資家との建設的な対話ができる仕組みの整備と運用に向けて、以下の段階的なアプローチを勧めた。
- ステップ1:Scope 3までのサステナビリティデータを収集し、サプライチェーンを可視化する
- ステップ2:CO2排出量の多い調達や生産のプロセスを見直す
- ステップ3:トレーサビリティを確立する
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冨永 裕子(トミナガ ユウコ)
IT調査会社(ITR、IDC Japan)で、エンタープライズIT分野におけるソフトウエアの調査プロジェクトを担当する。その傍らITコンサルタントとして、ユーザー企業を対象としたITマネジメント領域を中心としたコンサルティングプロジェクトを経験。現在はフリーランスのITアナリスト兼ITコンサルタン...
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