SX推進室の立ち上げが示唆する近い将来
経済産業省が2022年8月に発表した『伊藤レポート 3.0(SX版伊藤レポート)』によれば、SXとは「社会のサステナビリティと企業のサステナビリティを『同期化』させていくことで、およびそのために必要な経営・事業変革(トランスフォーメーション)」を指す。先行企業がSX推進室を置く複数例を見てきたKPMGコンサルティング パートナーの麻生多恵氏は、「最初に組織を設置する時の中心母体になるのは経営企画部や総務部が多い」と話す。これにはサステナビリティが全社的な課題で、どこか特定の部署の管轄にするわけにはいかない性質が関係している。会社の将来を左右する方向性を決めるには、準備が欠かせない。「準備室」としての初期の段階では実行機能を持たないが、いずれはDX組織と同様に全社横断的なCoE(Center of Excellence)に発展することになるだろう。
IT部門にとって一番困るのは、ある日突然に役員から協力を求められることだ。残念ながら初期の段階でIT部門が関与することは難しい。だとしても、今できることを独自に進めておきたいところだ。ほとんどの企業が目標設定から始める。温室効果ガス(GHG)排出量の削減では、日本はパリ協定に基づき「2030年にマイナス46%(2013年度比)」を達成する目標を宣言している。これを目安にする企業もあれば、もっと積極的な目標を設定したい企業、もう少し様子を見て平均的な落とし所を探ろうとする企業まで各社各様である。この目標設定はこれからの経営戦略を反映したものになる。そしてこの時点では、IT部門を含め社内の各部門がどう貢献するかを議論する段階にない。SX推進室を立ち上げた企業であっても、「どこまでの意欲で、どっちの方向に向かうか」を検討中のフェーズにある。
やることは決まったが、方法は後から考える状況にあると言い換えてもいい。問題はDXが十分に実践できていないことが後々の問題の火種になりそうなことだ。改善に向けてのアクションプランを実行する上で、必要になるのがデータである。前回の記事で二酸化炭素の排出量の推計方法を示したが、これは通常であれば別の目的で使っているデータを借りてきて推計に使うことでもある。その典型例が経理部門で経費精算に使っている交通費のデータを使うケースだ。出張旅費規程は各社が独自に運用しているケースが多い。移動距離のような細かい情報を申告するような制度運営をしていないことも考えられる。概算で十分に目的を果たしているにもかかわらず、「これからは正確なデータが必要です」と言われると、現場の一般社員の事務負担も増えてしまう。