最初の壁は、COBOLでスクラッチ開発された大規模システム
あらゆる業界でグローバル化が加速する中、物流事業者に対する期待と責任はますます高まるばかりだ。一方で、慢性的な人材不足や働き方改革、業界構造の変化など内部的な課題を抱え、抜本的な事業改革も迫られてきた。鴻池運輸においても例外ではなく、急速な変化に対応するべく、様々なテクノロジーの導入による業務効率化・デジタル化に取り組んできた。
とはいえ、一般的な物流事業者と比較して同社の事業は、国内外の物流サービスに加えて、顧客の事業をトータルに支援する請負サービスを軸としており、その領域も鉄鋼や食品、化学品、医療、空港に至るまで幅広く業態も異なる。そのため、事業ごとに最適化がなされており、一般的にDXで必要だとされている“縦割りでなく横串での変革”では難しいと判断。そこで、鴻池運輸がとったのは、インフラやネットワーク、セキュリティ、情報系コミュニケーションツールなどの全社的な「DX基盤」の整備だ。これを変革に向けた共通基盤として提供することで、事業部ごとでDXを加速させることを描いている。
端緒となったのは2018年。外部から招へいしたICT担当役員のもと、ICT関連組織を刷新することとなった。その直後に、現在のデジタルトランスフォーメーション推進部部長を務める佐藤氏、そして翌年7月に戸松氏らが合流。いずれもITに精通した経歴をもつ外部人材だ。
佐藤氏は、「入社当時、クラウドサービスやSaaSなどが世間で利用され始めていたものの、鴻池運輸ではデータセンターにオンプレミスシステムという従来型の環境であり、レガシーシステムが乱立・サイロ化して横のつながりがない状態でした。さらに『オフィスにいる』ことを前提とした閉域ネットワークで構築されており、サーバーやアプリケーションの保守管理も十分でないなど、言ってしまえば“混沌”とした状態でした」と振り返る。
社内でディスカッションを重ね、まず手を付けたのが、主業務である運輸・倉庫業に直結するスクラッチ開発された大規模システムだった。データセンターに設置された同システムは、サーバーやアプリケーションの保守契約の更改が迫っており、従来計画ではオンプレミスでリプレイス予定だったものだ。オンプレミスのままではDXに必要なアジリティを得られないと、佐藤氏らはクラウドへの移行を決定。しかし、まったく新しいものに作り変えるような“クラウドシフト”では、時間とコストが不足しているだけでなく、現場の業務フローが一新されてしまう恐れもあった。そこで、一旦はライセンスを継続しながらも、オンプレミス上のシステムを「リフトする」選択をしたという。
当時、佐藤氏が所属していたエンタープライズシステム部は、インフラとして採用したAWS(Amazon Web Services)を担当。「大手クラウドベンダーは一通り検討しましたが、当時の状況を考えるとAWS一択でした」と振り返る。「現行システムをリフトするだけとはいえ、レガシーとなったプログラミング言語への対応に苦労しました。スクラッチ開発で構築したシステムには『COBOL』が使われており、そのままAWS上に上げられないために人力で変換ツールを用いて変更していき、都度チェックしながらリフトしていく作業が必要でした。業務に直結するクリティカルな運輸・倉庫系の大規模システムでしたが、ロジスティクスに係るロジスティックスシステム部、ITシステム子会社であるコウノイケITソリューションズとタッグを組むことで、約1年でクラウドリフトを完了できました」と佐藤氏。
AWSへのクラウドリフトにより、サポート保守切れの問題は回避できた一方で、システム自体は旧態依然としたままだ。そこでロジスティックスシステム部とコウノイケITソリューションズを中心に、並行して新システム構築のプロジェクトをスタート。クラウドネイティブな環境でのアプリケーション構築は難易度が高く、何度も挫折しそうになりながらも2021年3月にプレシステムを立ち上げ、2023年3月に本格稼働を迎えている。
既存システムのクラウド化と同時に、セキュリティも積極的に整備
変革の初手として、ミッションクリティカルな大規模システムの刷新に挑んだ鴻池運輸。この成功を受けて、その他のシステムでもクラウド化されており、DXにも弾みがついているという。その柱として数年にわたり佐藤氏と戸松氏が取り組んでいるのが「働き方」と「セキュリティ」の変革だ。
デジタルトランスフォーメーション推進部が構想を担い、コウノイケITソリューションズや外部パートナーなどの支援を得ながら構築するという座組みで、ハイブリッドワークのような柔軟な働き方を実現するための「グローバルコミュニケーション基盤」を整備。たとえば、従業員に貸与されるノートパソコンの選定もその一つだ。通信用のモバイルSIMカードを搭載することでWi-Fiがない場所でもインターネットにつながるようにし、そのSIM容量も50GBと通常業務で不足がないようにした。
また、社内会議はかつてテレビ会議システムとWeb会議システムを併用していたが、すべてをZoomに置き換えている。機器の設営や管理が不要となり、現場だけでなく経営会議など重要な会議を含めたすべてをZoomで実施しているという。
もちろん、「どこでもつながり、つなぎっぱなしでも問題がない」という環境を実現するためにはセキュリティ対策が欠かせない。鴻池運輸では、ネットワークセキュリティにZscalerを採用することでセキュアなリモートアクセスを担保。構築に携わった戸松氏は、「ユーザーからは『便利になった』というコメントはちらほら……ですね。ネットワーク環境の変化に気づいてもらえないことは少し寂しいですが(笑)、インフラを整備した身としては、最大の賛辞をもらったと思っています」と笑みをこぼす。
利便性を損なわずにセキュアな環境を構築することは、働き方改革においても重要なポイントと言えるだろう。変化に気づくユーザーは少ないが、その効力は大きい。社内ネットワークや外部アプリケーションへの利便性を高めるシングルサインオン(SSO)についても同様だったという。
「クラウド化を進める中で、セキュリティもクラウドネイティブに対応したものへと変えていく必要性を感じていました。まずは、社内のセキュリティ規則の改定から着手し、技術的な対策も矢継ぎ早に行っています。その中で特に意識したのが、セキュリティの3本柱となる『デバイス・認証・ネットワーク』です。たとえばデバイス保護においては、従来のアンチウイルスだけで防ぐことは難しく、クラウドストライクのNGAV/EDR『CrowdStrike Falcon Prevent/Insight』を導入しました」(佐藤氏)
なお、前述したようにデフォルトゲートウェイがボトルネックとなっているだけでなく、従業員が自宅や営業先で任意のWi-Fiを利用するなどの課題に対しては、Zscalerなどを採用しているが、導入当時の知名度は決して高いと言えない状況下で不安はなかったのか。
佐藤氏は「実は、私自身が前職でZscalerの使用経験があり、その効果を理解していました。その他のソリューションも今後の伸びを期待して、国内にまだオフィスがない、あるいは出来たばかりというものもありましたが、直接メーカーとやり取りさせていただくなどして、積極的に採用を進めていきました」と振り返る。そして、セキュリティ対策全般において、何よりも経営層の理解があったことが大きかったという。「サイバー攻撃が日本でも激化する中、全社をあげて『IT推進をするためにセキュリティは必須』という雰囲気を醸成してくれるなど、とても恵まれている状況にあると思います」と説明する。