イスラエルがサイバーセキュリティに注力する背景
1948年、中東の地中海に面したパレスチナに誕生したイスラエルはユダヤ人を中心とした国家だ。同国は建国以来、パレスチナを舞台にユダヤ人とアラブ人の争いが絶えない。紀元前にはこの場所にユダヤ人国家が存在しアラブ人と共存していたが、ローマ帝国に滅ぼされてしまった。
生き残ったユダヤ人たちは流浪の民となり、ヨーロッパ各地でコミュニティを作って暮らしており、祖先の地に再びユダヤ人国家を建設しようとする運動はシオニズムと呼ばれている。
第一次世界大戦中に英国は、当時の大戦相手であるオスマントルコに対するパレスチナでの戦況を有利にするためにある協定を結ぶ。それは、ユダヤ人側に対して連合国側に味方すれば、“パレスチナにユダヤ人国家を設立することを支持する”と約束するといったものだ。これが1917年に出されたバルフォア宣言である。これによりシオニズム運動が一層活発化し、第二次大戦後の1948年にイスラエルが建国。
しかし英国は同じく第一次大戦中の1915年にはすでにフセイン・マクマホン協定という、戦争に協力すればアラブ人国家の独立を認めるという約束をしていた。これが要因となり、イスラエル建国の翌日には「第一次中東戦争」が勃発した。
その後も数回の大規模な戦争が行われており、近年でもイスラエルとパレスチナ両地域の間で武力衝突が起きている。ユダヤ教とイスラム教という宗教の違いもあり、イスラエルの周囲には味方がおらず、常に対立国に囲まれているという地政学的背景がある。
そのため手塚氏は、「イスラエルの人々は『攻撃が身近の国に住んでいる』という意識が強く、サイバー分野でも同様の姿勢で臨んでいます」と語る。
建国後すぐに開設されたイスラエル国防軍(IDF:Israel Defense Forces)の任務は物理的な攻撃やテロから国家を守ることはもちろん、その範囲はサイバーセキュリティにも及ぶ。イスラエルは周囲の国々から物理的だけでなく、サイバー攻撃も頻繁に受けており、その攻撃数がロケット砲といった物理的手段より圧倒的に多いことは想像に難くない。
そのためイスラエルはサイバーセキュリティを国策として推進しており、たとえばサイバーセキュリティのスタートアップ企業が製品やサービスの提供を開始すると、国内の銀行などに導入させる。そうしたサイバーセキュリティのスタートアップ企業は、米国に買収されることがゴールと考えられており、例外はあるものの、基本的にIPOは目指さず、より高く買い取ってもらうことを目指している。
イスラエルの銀行や大手企業などは、こうしたスタートアップのセキュリティ企業による多重のサイバー対策を実施しており、堅牢だ。そのためイスラエルは周囲の国からのサイバー攻撃が非常に多いものの、大きな被害にはつながらないという。もちろん、サイバーセキュリティ対策が不十分な組織もあり、病院などが被害を受けるケースもあるが、それでもその守りは日本以上だという。
「イスラエルは国民皆保険の国ですし、基本的に医療費はかかりません。そのお金は国がカバーしています。サイバーセキュリティ対策も同様で、防御の手薄な病院に対して国がサポートしています。これにより、全体的に高い防御を実現しています」(手塚氏)