
富士通の英国子会社が英国郵便局に納入した勘定系システム「ホライズン」の不具合を起因とした「英国郵便局冤罪事件」。日本でも数多く報道されており、同社へのガバナンスを追及する声が多いですが、これはわれわれIT事業にとって決して他人事ではなく、学ぶべきこと、むしろ問われるべきことを突きつけられた事件です。公共性の高いシステムへのバグが見つかった際、ユーザー企業はどのような判断を下すべきなのか。また今回の事件で露わになる、ベンダーの立場の難しさと果たすべき役割はどうあるべきなのか。本事件をフックに、それらについて考えてみたいと思います。
事件の経緯
英国郵便局において会計システムの不具合に起因する大規模な冤罪事件が発生したことは、日本でも既に新聞、テレビ、インターネット等のメディアで大きく報じられており、ご存じの方も多いことでしょう。
まずは、簡単に事件の経緯をたどってみます。2000年 英国郵便局(当時はロイヤルメール)では、富士通の英国子会社(富士通サービシーズ)が開発した勘定系システム「ホライズン」の利用を開始しましたが、このシステムに重大な欠陥があったのです。
各郵便局の口座には実際に現金があるにもかかわらず、システム上は「現金が不足している」というメッセージが表示されるという事象が15年にわたって発生し続けました。その結果、民間委託郵便局長ら736人が現金の横領を疑われ、このうち236人が裁判で有罪となり投獄されたほか、自殺者も出ました。これ以外にもいわれのない金銭の賠償のために借金を背負う者、破産する者などもいたそうです。
その後、これがシステムの欠陥によるものであることが明らかとなり、裁判所による判決が取り消されることとなりました。冤罪被害者との和解は順次なされてはいますが、失った歳月と人生はもはや取り戻しようもありません。
なお、この「ホライズン」については導入当初から数多くの不具合があることは、富士通サービシーズはもちろん、ロイヤルメール側も承知していたことは富士通サービシーズのCEOであるポール・パターソン氏が証言しています。
この事件について公聴会の記録を調べたり、各種の報道を見ていると富士通のガバナンスを追及する声が多い一方で、英国郵便局や政府による隠ぺいや捜査の方法、裁判所の証拠判断などいろいろと首をかしげるところも多く、一種の闇深ささえ感じてしまいます。
ただ本記事ではそうしたことはさておき、ITのベンダーあるいはユーザー企業の目線で考えてみました。その結果考えさせられたのは、「重要な社会インフラとも言うべき郵便局の勘定系システムに不具合があったとき、それでも稼働することをユーザーである郵便局の判断で行えたことが、果たして妥当であったのか」ということです。
そして、この問題は英国のみならず、日本をはじめとする数多くの国々でも“同じように発生しかねないのではないか”という危惧も抱いています。
社会全体に影響するシステム稼働をいち企業判断で行うのは妥当か
まず皆さんには、次の場面を少し想像していただければと思います。
あなたは、ある企業の情報システム責任者です。
その企業では、インターネットを通じた商品の販売をしており、多くの顧客が日々、商品の注文や支払いをしています。
ある日、システムを開発したベンダーから連絡がありました。
「システムにバグが見つかり、このままでは商品の発送がすべて遅延する可能性があります。改修のためにはシステムを丸一日止めなければなりませんが、改修を行いますか?それとも半年後の定期保守まで待たれますか?」
あなたは、どちらかの決断を促されています。さて、どう判断されますか。
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- この記事の著者
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細川義洋(ホソカワヨシヒロ)
ITプロセスコンサルタント東京地方裁判所 民事調停委員 IT専門委員1964年神奈川県横浜市生まれ。立教大学経済学部経済学科卒。大学を卒業後、日本電気ソフトウェア㈱ (現 NECソリューションイノベータ㈱)にて金融業向け情報システム及びネットワークシステムの開発・運用に従事した後、2005年より20...
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