富士通発AIスタートアップ「Ridgelinez」のAIマルチエージェント
「企業の生成AI活用は進んでいるが、現時点では定型的な業務にとどまる。業務プロセス全般を変革しようとしたとき、人と人が関わる中で曖昧な条件や属人的な思考プロセスに依存している業務のAI化が課題」──こう語るのはRidgelinez(リッジラインズ)の林航氏。
富士通発DXコンサルティング企業の同社は、AIマルチエージェントという新たなアプローチを採用することで、従来は人間に依存していた複雑な業務プロセスの省人化と高度化を支援している。
従来のAI活用では、状況に応じて変化する意思決定プロセスや、日々変化する外的状況への対応、さらにはデータに基づく適正な分析と判断の説明性といった課題に対処することが困難だった。AIマルチエージェントは、これらの課題を解決する可能性を秘めているといえそうだ。
AIマルチエージェントの仕組みはユニークだ。一つの主要なAIが窓口役となり、その下で複数の専門AIが協力して働くというもの。林氏はこれを「複数のAIが役割分担をしながらゴールに向かっていく」と表現していた。
最初の事例として紹介された記事作成が興味深い。「前回の都知事選について辛口のコラムを書いて」と頼むと、まるで編集部のように複数のAIが動き出す。取材者(情報収集AI)、文章を書く(ライターAI)、編集者(スーパーバイザーAI)、校正・校閲者(レビューAI)。これらが連携して1つの記事を作り上げていく。
2つめは、人事部門におけるキャリア形成支援のケースだ。業界のトレンド分析やスキル要件の分析を行うアナリストAI、部門ごとのキャリアパスを提案するAI、個人のスキルやキャリア願望を考慮して最適な部門やポストを提案するAI、従業員へのコーチングを行うAIなど。これらが協力して、人事部門の仕事を根本から変えようというわけだ。
3つ目は企業経営に関する意思決定支援AIだ。ここでも4つのAIが連携する。全体を統括するAI、データを分析するAI、営業戦略を練るAI、そして資源配分を考えるAI。これらが力を合わせて、売上予測やアクションプランを作り上げていく。まるで優秀なメンバーたちが集まって仕事をしているようだ。
Ridgelinezが提供を開始した「Ridgelinez AI-Driven Transformation」は、こうしたAIの連携プレーを実際の仕事に取り入れようというものだ。従来のAI活用といえば、特定の作業を自動化する程度だったが、このアプローチは違う。業務の流れ全体を見直し、変えていく可能性を秘めている。
「人事戦略の策定、製造業における品質管理、新規サービスのローンチ、財務分析に基づく営業戦略の立案などの業務プロセスで適用できる」と林氏はユースケースの一覧を示した。
ELYZAの2つの新モデルは、ビッグテックのLLMの性能に並ぶ
東京大学松尾研究室からスピンアウトして設立され、2024年KDDIの連結子会社となったAIスタートアップELYZA(イライザ)。CEOの曽根岡侑也氏は6月の会見で、Metaのオープンソースモデル「Llama 3」をベースにして開発された、日本語に特化した2つの新しいLLMを公開した。1つは700億パラメータの大規模モデル「Llama-3-ELYZA-JP-70B」(以後、70B)、もう1つは80億パラメータの軽量モデル「Llama-3-ELYZA-JP-8B(以後、8B)」だ。
70Bの性能は特筆すべきものがある。元の「Llama-3-70B」から大きく日本語性能が向上しており、国内モデルの中では最高性能の水準を実現し、さらに「GPT-4」や「Claude 3 Sonnet」、「Gemini 1.5 Flash」と同等、あるいは上回る性能を達成した。
具体的には、執筆、ロールプレイ、情報抽出、構造設計、人文科学的知識、科学技術的知識、プログラミング、数学など8つのタスクでバランスの取れた高い性能を示している。
もう1つの軽量モデルの「8B」も、そのサイズにもかかわらず引けをとらない。有力ベンチマークでは日本語タスク評価で3.655、Japanese LLM Benchmark(JLMB)で7.75というスコアを記録し、OpenAIのGPT-3.5 TurboやAnthropicのClaude 3 Haiku(軽量版)と遜色ない性能を達成した。
同社は「8B」を商用利用可能なオープンソースモデルとして公開すると発表した。オープンソースとしてダウンロードすることで、個人のパソコンや自動車、各種デバイス上で動作させることが可能になり、自社独自のシステムに直接組み込むことができる。さらに今後、汎用的なLLMだけでなく、業界や企業に特化したLLM、さらには特定のタスクに特化したLLMの開発にも注力していく方針のようだ。
「今回のモデル公開により、日本の開発者やアカデミアが自由に使える高性能な日本語LLMが提供されることになる。これは日本のAI開発の加速につながるはずだ」と曽根岡氏は胸をはった。