回復力か積極防御か? 各国の戦略と日本の立ち位置
辻伸弘氏(以下、辻):平時からのサイバー攻撃に国として備えるべく、「サイバー安全保障分野での対応能力の向上に向けた有識者会議」にて議論が進められています。私もこの有識者会議にメンバーとして参加しています。大きな論点として議事資料に挙げられているものが「官民連携の強化」「通信情報の活用」「アクセス・無害化措置」の3つです。今日はこの論点を踏まえて3人で議論したいと思います。まず名和さんから、能動的サイバー防御を取り巻く各国の状況についてお話しいただけますか。
名和利男氏(以下、名和):そもそも「サイバーディフェンス」という概念が注目され始めた時期は、民間では2011年です。特にアメリカとイギリスで大きな議論の変化があり、2015年頃から本格的に法令化が進みました。当初はこれを軍が行うのか、民間の国家サイバーセキュリティ機関が行うのかという議論がありましたが、2017年頃から国家の機関が行うこととなり、民間機関にも適用されるようになりました。
サイバーディフェンスの技術は、紛争時に展開するものといった思想が強かったのですが、最近では平時に使用することも可能という解釈が広まっています。「サイバー空間は常に戦争状態である」という概念が前提としてあり、戦争状態の中に平時があるといった解釈をもっているのです。この考え方はアメリカから広まり、ヨーロッパ各国も同じ解釈をもっています。こうした中で、「コンピューターネットワークオペレーション」「アクティブサイバーディフェンス」「非アクティブサイバーディフェンス」といったサイバーディフェンス技術が政策オプションとしてあります。
各国の対応状況を見ると、多くの国が攻撃を完全に防ぐことは難しいという前提に立ち、攻撃を受けた後の迅速な復旧と事業継続性の確保に重点を置く「回復力のあるサイバーディフェンス」を採用しています。特にEU、エストニア、オーストラリアがこの考え方に近いですね。これらの国々は、経済や軍事、インフラなど様々な面で相互依存関係にあるため、単独で防御を強化するよりも、連携した国々全体で回復力を高める方針をとっています。
一方、イギリスはより積極的な防御姿勢を取るアクティブサイバーディフェンスの立場を取っています。ドイツは従来の防御を強化していく「強化されたサイバーディフェンス」の立場です。そしてアメリカだけが、「回復力のあるサイバーディフェンス」「強化されたサイバーディフェンス」「アクティブサイバーディフェンス」の3つの側面をもっています。
辻:アクティブサイバーディフェンスは、日本では「能動的サイバー防御」と和訳されますね。日本のサイバーディフェンスが今目指している姿は、この図2のベン図ではどのあたりになりますか?
名和:公開情報を見る限りでは、イギリスが採るアクティブサイバーディフェンスや、アメリカの政策に近づこうとしているように見えますが、現場の実感としてはこの円の外にいる印象です。
辻:真ん中のすべてを担うアメリカを目指しつつも、まだ円の外なんですね。私もこの有識者会議のメンバーなので、もう少し頑張って発言しなければと思います(笑)。