溢れるHRテック、人事部門とIT部門の協同なしでは“無用の長物”に
人材戦略を計画する上では、データを基にした適切な分析・予測が鍵となる。収集するデータは社内だけでは不十分で、労働市場の状況も適宜組み込まなければならない。特に人的資本経営への注目が高まる中では、企業が高価なツールを導入するケースも増えてきた。
しかし、ツールを導入しただけで活用できず、期待していたROIを得られない企業は少なくない。ゴールドスタイン氏は、「まずは手作業でデータに向き合い、本質的な理解を深めることが重要です。その上で明確な戦略に基づき『ROIが見込める』と判断できたときにツールを導入すべきです」と指摘する。現在、人事担当者向けのSaaSも増えており、AIを活用した最新機能も標準搭載されてきた。人材マッチング、スキルパスの作成といった高度な機能でも、いきなり多額の投資をせずに試せる環境も整うなど、追い風も吹いている。
「まずは『なぜ実装するのか』『解決すべきビジネスニーズや課題は何か』を理解してください。将来のあるべき姿を明確にした上で、現在のプロセスやテクノロジー、データなどを評価すべきです」
特に生成AIなどの新技術については、多くの組織が活用方法を検討している段階だ。経営判断として使用を避けるシーンもあれば、取り入れたほうがいい現場業務もあるだろう。「現状から将来の目標に至るまでのロードマップを策定する際には、CHROなどの人事リーダーとITリーダーであるCIOが緊密に連携し、戦略と意図を一致させることが求められます。ここで強調したいのは『変化を受け入れること』が成功を左右する重要な要因だということです。だからこそ、多くの企業が従業員やマネージャー、ビジネスリーダーの期待に応じた従業員体験を重視しているのです」と述べる。
通常、CHROが新しいテクノロジーを導入する際には、財務面で承認するCFOと、技術面からサポートをするCIOの存在は欠かせない。実行フェーズでは、CHROが市場調査や提案の取りまとめ、技術分析などを行う。このように、新たなツール導入時などには、CIOやCFOとの関係性が成否を握っており、成功企業では良好な関係が見られるという。もちろん、CIOがITに関する予算の決定権をもっている場合があり、HRテック関連への投資の優先度は必ずしも高くならず、CHROが苦心することもある。だからこそ、IT部門の関与を最小限に抑えられるSaaSを求める傾向も見受けられるという。こうした場合には、IT部門との対立が生じる可能性が高く、CHROとCIOが合意することで解決すべきだとする。
CIOがテクノロジーの評価とサポートに責任をもつ一方、いかに多くの作業を人事部門で実施できるかが重要だとゴールドスタイン氏。「IBMでは、CHROが小規模なIT機能をもっており、データやインターフェースの管理、スーパーユーザーの設定、生成AIのプロンプトエンジニアリングなども担当しています。5年前には、専門的な技術を持つ人の業務だったかもしれませんが、今ではビジネスパーソンが使いこなす必要があるでしょう」と話す。