SAP Sapphire 2025開幕、基調講演で語られた「SAPフライホイール」のビジョンとJouleの進化
「SAP Sapphire & ASUG Annual Conference 2025」レポート#1
SAPは5月20日、米フロリダ州オーランドで年次カンファレンス「SAP Sapphire & ASUG Annual Conference 2025」を開催し、AI、データ、アプリケーションの3つの要素を調和させた「SAPフライホイール」のビジョンと、Jouleの進化、Joule Agentsの登場など、次世代のビジネス戦略を発表した。
Jouleの進化、そしてJoule Agentsの登場が明らかに
初日の基調講演では、プロダクト戦略の3つの柱に焦点が当てられた。その戦略のキーワードとして言及されていたのが「フライホイール効果」である。フライホイール(弾み車)という部品は、個々の構成要素をうまく噛み合わせて生じたエネルギーをスムースな回転に転換する。回転が始まると、慣性の働きで加速のついた状態でその状態を維持できる。この現象をビジネスに当てはめ、好循環を作り出そうとする概念が「フライホイール効果」だ。
クリスチャン・クライン氏(CEO, SAP)の説明によれば、「SAPフライホイール」を構成する要素は「AI」「データ」「アプリケーション」の3つになる。アプリケーションはミッションクリティカルなビジネスデータをデータレイヤーに供給する。その上のAIは、リッチで質の高いビジネスデータにアクセスする。そして、アプリケーションに最新のAIが融合することで、フライホイールは回転を始め、継続的にビジネス価値を得られる仕組みが整う。Sapphire 2025では、SAPフライホイールを構成する3つの要素それぞれで、新しい発表があった。

AI:Joule Agentsの登場
AIについて大きく3つの発表があった。まず、Jouleが進化したことが1つ。Jouleに新しく搭載されるAction Barには、SAP WalkMeのテクノロジーが取り入れられた。アプリケーションを横断してユーザーの行動をモニタリングし、能動的なサポートを提供するAIになる。また、Perplexityとのパートナーシップにより、Jouleは、構造化データと非構造化データの両方を活用し、チャートやグラフなどの視覚的かつリアルタイムなビジネスデータに基づく回答を即座に得られるようになった。2つ目に、40以上のJoule Agentsの提供を予定していることが明らかになった。これらのエージェントは、ファイナンスから、支出管理、カスタマーエクスペリエンス、サプライチェーンマネジメント、人材管理まで幅広い領域をカバーしている。Joule AgentsはJouleの連携機能を利用し、組織やプロセスを横断して動作する。3つ目は、AI開発のためのOSとして「SAP AI Foundation」を提供することだ。AI Foundationには負担の大きいプロンプトエンジニアリングを不要にするPrompt Optimizer機能も搭載した。
データ基盤:インテリジェントアプリケーション
2025年2月に発表した「SAP Business Data Cloud」で稼働するインテリジェントアプリケーションシリーズとして、「Cloud ERP Intelligence for Cloud ERP Private」「People Intelligence」「Spend Intelligence」の提供を発表した。これらのアプリケーションは、ビジネス指標やAIモデルと組み合わせることで、業務に役立つインサイトを提供する。さらに、Palantirとのパートナーシップも発表。SAP Business Data Cloudとのシームレスな接続を通じて、企業のデータ基盤の統合を促す狙いがある。
アプリケーション戦略:SAP Business Suite
クラウド時代における価値創出をさらに加速するため、「SAP Business Suite」パッケージを発表した。このパッケージは、「AIファースト」と「スイートファースト」戦略を強化するもので、SAPフライホイール効果を最大限に引き出せるようにする。パッケージには、SAP Buildが標準で組み込まれており、組織のニーズに応じてアプリケーションを柔軟にカスタマイズできるようにした。

過去のものになったベストオブブリード、AI時代は「Suite as a Service」に
「AI」「データ」「アプリケーション」の3つを調和させ、ビジネス価値という「回転」を作り出すことは、言葉で表現するほど簡単なことではない。これまでの企業のアプリケーション調達では、領域ごとに最善の製品を導入する「ベストオブブリード」戦略が最善とされてきた。その結果、現在のアプリケーションスタックの全体像が非常に複雑なものになってしまった。しかも、データはアプリケーション単位で分散していて、エンドツーエンドでプロセスの文脈を得るには多大なコストがかかる。この状況でAIをうまく機能させることは困難だ。この状況にはSAPを含むテクノロジーベンダーにも責任がある。
クライン氏に続いて登壇したムハマド・アラム氏(SAP Product & Engineering, SAP)は、「ベストオブブリード戦略は過去のものになった」と述べ、AI時代には、機能やUXに妥協しなくてもよいスイートの価値を享受するべきだと訴えた。SAPが提供するのは「Best of Breed as a Service」あるいは「Suite as a Service」という新しいSaaSだという。現状維持とするか、もっとシンプルにするか、企業には選択が求められている。SAP Business Suiteは企業がフライホイール効果を得られるようBusiness AIを提供し、企業の生産性を30%以上向上させることにコミットした。
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冨永 裕子(トミナガ ユウコ)
IT調査会社(ITR、IDC Japan)で、エンタープライズIT分野におけるソフトウエアの調査プロジェクトを担当する。その傍らITコンサルタントとして、ユーザー企業を対象としたITマネジメント領域を中心としたコンサルティングプロジェクトを経験。現在はフリーランスのITアナリスト兼ITコンサルタン...
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