NBCユニバーサルが挑むECC 6.0からS/4HANA Cloudへの大規模移行、多国籍メディアコングロマリットの変革ジャーニー
「SAP Sapphire & ASUG Annual Conference 2025」レポート#04
組織内の求心力を高める「ワン・カンパニー」の価値観
グプタ氏は、一連の取り組みで成果を挙げる上で、「ワン・カンパニー」の価値観が役に立っていると述べた。メディア、映画、パークと多角的に事業を展開するNBCユニバーサルに限らず、企業にとって「ワン・カンパニー」の価値観が根付いているかは、変革の成功を左右する。しかし、長年にわたって、人々の頭に染みついた古い価値観を新しいものに置き換えることは容易ではない。NBCユニバーサルが価値観の転換に成功できた要因は何だったのか。
「私たちが構築を進める『統合アーキテクチャー』のビジョンは、類似したプロセスをサポートする複数のアプリケーションを、標準プロセスをサポートする共通テクノロジープラットフォームに統合することを目指している。簡単そうに聞こえるかもしれないが、非常に難しい。なぜならばテクノロジーの問題ではないから」とグプタ氏は説明した。必要なのは、「プロジェクトマインドセット」から「プロダクトマインドセット」への転換なのだという。
この転換を成功させるため、ファイナンス変革プロジェクトの運営委員会に、グループの代表者が参加するようにした。同社の場合、4つの主要事業にCFOがいる。この4人が委員会のメンバーなのは当然として、CFOにレポートするCAO(Chief Accounting Officer)、コーポレート側にいるFP&Aリーダー、グローバルCIO、CTO、AI組織のトップもメンバーとして参加する体制を採用した。社内だけではない。テクノロジー実装を担当するSIパートナーのリーダーたちも、運営委員会のメンバーだ。さらに、SAPからもサポートを得ている。
グプタ氏の説明にあった、NBCユニバーサルの統合アーキテクチャーのビジョンには、アプリケーションプラットフォームを作り、データとAIから価値を引き出せるようにする狙いがある。さらに、その上のデータレイヤーにも手を打っている。同社は、フライホイール効果の概念に共感し、統合アーキテクチャのビジョンに基づき、グループ全体でデータセットを調和させるエンタープライズデータメッシュを構築した。NBCユニバーサルにとって、すべての事業にAIを展開するためのデータ基盤ができたことになる。
アプリケーション環境の簡素化が重要になった背景

グプタ氏はSAP Business Data Cloud(BDC)への期待を示した。BDCは、SAPのデータセットをSAP外のデータセットに統合し、調和させてインテリジェントアプリケーションからアクセスできるようにするものだ。また、BDCはエージェンティックAIの基盤にもなる。組織がAI活用から最大限のメリットを得るには、プロセスチェーン全体にわたってエンドツーエンドの接続性と可視性を提供するプラットフォームがなくてはならない。
「皆さんがAIからその真価を引き出そうとする場合、ビジネスのためのデータファブリックが必要になる。BDCが提供するデータファブリックには、NBCユニバーサルが目指す統合アーキテクチャーのビジョンと共通するものがある。だからこそ、SAPが掲げるフライホイール効果の考え方に非常に共感している。NBCユニバーサルにとって、変革は非常に難しいことだが、やりがいは大きい。テクノロジーはまだ進化を続けている。適切な基盤、適切な戦略、そして何よりも適切な人材を揃えることで、明るい未来を実現できると確信している」とグプタ氏は語った。
NBCユニバーサルの事例は、複雑化した企業のアプリケーション環境を簡素化することの重要性を教えてくれる。これは同社だけの課題ではない。2日目の基調講演で、2000年は平均でわずか10だった企業内のアプリケーション数は、2025年は600にまで増加した事実の紹介があった。この背景にはSaaSの普及がある。過去25年間を振り返ると、アプリケーション市場に参入したベンダーが増え、企業のアプリケーション環境はより大きく、より複雑になった。だからと言って、オンプレミス時代に戻ることは考えられない。
今、組織が必要としているアプリケーション環境は、エンドツーエンドで統合されたビジネスプロセスを支えるものだ。それは統合され、調和のとれたエンタープライズ基盤である。この基盤が企業のデータドリブン経営を支え、AIへのアクセスを民主化してくれる。NBCユニバーサルが変革前に直面していたアプリケーション環境の複雑性はどの企業にとっても共通の課題だ。同社の「統合アーキテクチャー」に向けての取り組みは、AI活用で飛躍を目指す日本企業にも示唆を提供してくれる。
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冨永 裕子(トミナガ ユウコ)
IT調査会社(ITR、IDC Japan)で、エンタープライズIT分野におけるソフトウエアの調査プロジェクトを担当する。その傍らITコンサルタントとして、ユーザー企業を対象としたITマネジメント領域を中心としたコンサルティングプロジェクトを経験。現在はフリーランスのITアナリスト兼ITコンサルタン...
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