
BroadcomによるVMwareの買収、それにともなうライセンス体系の変更は、多くの企業にITインフラの根本的な見直しのきっかけを与えた。コスト増への懸念から「脱VMware」が現実味を帯びる一方、安定稼働する既存システムの移行はリスクもともなうため、多くの企業が選択の岐路に立たされている。このような状況下、現実的な最初のアプローチとして注目されるのは、既存の仮想化環境に極力手を加えずにクラウドへ移行する「リフト&シフト」だ。このアプローチをモダナイゼーションへの戦略的な足がかりと位置づけて実践しているのが、アイ・オー・データ機器だ。同社が直面した課題、クラウド選定の決め手、そして移行のプロセス事例から、「2025年の崖」を乗り越えてDXを加速させるためのヒントを探る。
Broadcomショックが「ITインフラ」刷新を加速させる
2023年11月、BroadcomによるVMwareの買収完了は、IT業界に大きな衝撃を与えた。間もなく発表されたライセンス体系の変更、すなわち永久ライセンスの廃止とサブスクリプションモデルへの完全移行、そして製品ポートフォリオの集約は、多くの企業にとって長年利用してきた仮想化基盤のあり方を根本から見直すきっかけとなった。
ライセンスの変更は実質的なコスト増につながるケースも多く、「脱VMware」が現実的な選択肢となっている。しかし、この動きは単なるコスト削減に端を発するものでもない。多くの企業では、以前からオンプレミスの仮想化基盤の硬直性や運用負荷に課題を感じており、より柔軟なインフラが求められていた。つまり、Broadcomによる買収は、そうした潜在ニーズを顕在化させ、変革を加速させるトリガーとなったのだ。
また、経済産業省が警鐘を鳴らした「2025年の崖」のタイミングと重なった部分もある。これは老朽化、複雑化、ブラックボックス化したレガシーシステムが日本企業の競争力を著しく削ぐとの指摘だ。この問題を乗り越えるためにも、企業の成長に不可欠なITインフラの刷新は急務だった。
これらをきっかけとして、すべての企業が一気に“VMwareからの移行”へと舵を切っているわけではない。企業の対応は、置かれた状況により二極化しているのが現状だろう。
その一つは、数ヵ月後に仮想化基盤を支えるハードウェアの更改時期が迫っているなど、差し迫った物理的な制約を抱えるような状況だ。このケースでは、ライセンスコストの上昇が最後の一押しとなり、NutanixやRed Hat OpenShift Virtualizationといったオンプレミスの代替ソリューションへの移行、あるいはクラウドへの移行などを早急に決断せざるを得ない。
一方で多くの企業は、コスト増を受け入れつつ既存環境を当面維持し、次期更新サイクルに則って“計画的な移行”を目指している。既存のVMware環境で安定稼働しているシステムは、ライセンス変更があったからと直ちに使えなくなるわけではない。ビジネスを支える基幹システムであればあるほど、突貫での移行作業にはアプリケーションの動作不整合や予期せぬトラブルを招くリスクがある。移行後の大規模な検証や業務への影響を考えれば、目先のコスト増より安定稼働を優先するのは、情報システム部門にとって合理的な判断だろう。
理想と現実のギャップを埋める「リフト&シフト」というアプローチ
VMware環境からの移行先として、最も有力な選択肢はクラウドだろう。しかし、そのクラウド化への道のりも正解が一つとは限らない。
理想的には、既存の仮想マシンをコンテナ化し、クラウドネイティブなアーキテクチャに刷新する「リファクタリング」や「リプラットフォーム」が望ましい。しかし、このアプローチは既存アプリケーションの広範な改修、膨大な工数を要するテストを避けられない。また、運用管理の考え方や手法も根本から変わるため、情報システム部門における“スキルセットの変革”も求められる。こうした多大な負担とリスクを前に、多くの企業が二の足を踏むのも当然だ。
そこで多くの企業にとって現実的な一歩となるのが、既存のVMware環境に手を加えずクラウドへ移行する「リフト&シフト」だ。具体的には、Amazon Web Services、Microsoft Azure、Google Cloud、Oracle Cloudといった主要なハイパースケーラーが提供するVMwareベースの専用クラウドサービス(VMware Cloud on AWS、Azure VMware Solution、Google Cloud VMware Engine、Oracle Cloud VMware Solutionなど)を活用することとなる。
このアプローチにおける最大のメリットは、アプリケーション資産やVMware vSphereを中心とした運用管理の体制を大きく変えることなく、迅速にクラウド化できる点だ。これにより企業は、ハードウェアの調達や維持管理といった負荷の高い業務から解放され、創出された時間やリソースをより付加価値の高い業務へ振り分けられる。
ただし、リフト&シフトは万能の解決策ではない。これを最終ゴールとすると、単に環境をオンプレミスから移設しただけで、クラウド本来の価値を享受できない「塩漬け」状態に陥りかねない。さらにBroadcomの将来的なサポート体制、さらなるライセンスポリシーの変更といったリスクからも解放されないままだ。
そのためVMware on Cloudなどへの移行は、あくまでモダナイゼーションへの「ファーストステップ」と位置づけることが重要だろう。これにより物理的な制約から解放され、創出されたリソースを原資に「セカンドステップ」へと戦略的に投資するのだ。
セカンドステップでは、コンテナ技術によるアプリケーション刷新や、SaaSへの移行といった真の“アプリケーションモダナイゼーション”を目指す。この二段階で進めるアプローチこそが目先の混乱を回避しつつ、レガシー資産の負債化を防ぎ、「2025年の崖」という課題を乗り越える現実的かつ戦略的な道筋となる。VMwareを巡る変化は、企業にとって自社のITインフラを見直し、真のDXを達成する好機になると言えそうだ。
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谷川 耕一(タニカワ コウイチ)
EnterpriseZine/DB Online チーフキュレーターかつてAI、エキスパートシステムが流行っていたころに、開発エンジニアとしてIT業界に。その後UNIXの専門雑誌の編集者を経て、外資系ソフトウェアベンダーの製品マーケティング、広告、広報などの業務を経験。現在はフリーランスのITジャーナリスト...
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