現場が見せる「小さな成功の連鎖」
中小企業のDX現場では、「定義論争」を越えて地道な改善を継続する事例が増えています。
ある製造業では、ノーコードツールを活用した社内大学を開校し、デジタルスキルとマインドセットを併せて変革する組織変革型のDXに取り組みました。当初は「業務効率化にすぎない」という声もありましたが、市民開発によるデジタル化が進むにつれ、業務時間が30%削減されただけでなく、挑戦する文化、学習する文化が組織に根づいていきました。若手社員から業務改善提案が月平均15件出るようになり、「失敗から学ぶ」ことを称賛する風土が醸成され、会議室には以前は見られなかった活気が生まれています。
ここで大事なことは、最初から「組織変革」を掲げたわけではない点です。ノーコードツールという小さな一歩から始まり、社員の学習意欲が高まり、自発的な改善が連鎖し、結果として組織文化そのものが変わっていきました。成功と失敗の学習サイクルを回し、変革を組織学習として定着させる。この実行の積み重ねが、定義論争に時間を費やす組織との決定的な差を生み出します。
レベル分けが生んだ誤解──「DX未満」というレッテル
混乱を加速させたのが、デジタイズ、デジタライゼーション、デジタルトランスフォーメーションという三段階モデルの過大解釈です。本来は変革を理解するための整理にすぎず、経済産業省の「DX推進ガイドライン」でも「段階」ではなく「側面」として整理されています。
しかし現場では「成熟度モデル」として扱われ、「まだデジタイズ段階だからDXではない」という誤った評価軸が定着してしまいました。その結果、現場の改善が「レベルが低い」と却下され、実行不可能な大型案件ばかりが求められるようになりました。
現実の変革は、これら三段階を行き来しながら進みます。紙の申請書を電子化し、そのデータを活用して承認フローを再設計し、さらにデータ分析から得られた洞察をもとに新たな顧客体験を創出する。この連続こそが「変革」です。すべての変革は小さな一歩から始まり、その一歩を否定する組織に大きな変革は訪れません。
AI時代に問われる「実装型DX」の条件
生成AIの登場により、変革のスピードが劇的に加速しています。数週間から数ヵ月で業務プロセスを大きく変革できる事例が増え、かつて数年かかった「改善」が短期間で「変革」の領域に到達する時代になりました。
重要なのは、次の変革への連鎖設計です。自動化で生まれた時間を顧客対応の質向上に充てる、蓄積したデータを新サービス開発に活用する、AIとの協働経験を組織の学習資産として共有する。このように次の変革へとつなげる組織が、AI時代をリードしていきます。「DXじゃない論争」を続けることは、最大の機会損失です。定義の厳密さではなく、変革の速度と継続性こそが、競争力を決定する時代になりました。
「2.0」ではなく、「1→1.2」の反復で成長を目指す
DXとは、定義の厳密さを競うものではありません。効率化も、業務変革も、組織文化の進化も、すべてが変革の連続体を構成しています。
重要なのは、自分たちが今どの段階にあり、次に何を変えるべきかを自覚し続けることです。「これはDXか否か」ではなく、「この改善は次の変革にどうつながるか」を問う。定義論争に時間を費やすより、一歩を踏み出し、その一歩を次につなげ、連鎖させていく。この5年間の議論から学ぶべきは、「何がDXか」ではなく「どう変革を継続するか」です。
現場でDXに取り組むすべての実務担当者へ。あなたが今日取り組んだペーパーレス化も、導入したツールも、社内に広めたノウハウも、すべて価値ある変革の一歩です。「それはDXではない」という声に惑わされる必要はありません。小さな成功を積み重ね、次につなげ続けること。「○○2.0」を目指すよりは、「1 → 1.2」の改善のサイクルを重ねることが、指数関数的な成長につながります。定義論争が奪った5年を取り戻すのは現場の実行であり、AIはその格好の道具です。
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熊本 耕作(クマモトコウサク)
公益財団法人九州先端科学技術研究所(ISIT)特別研究員。現場から経営戦略、組織開発、AI活用まで——部門と領域を越えて全体をデザインする"越境型DXアーキテクト"。
20年にわたり、現場に深く入り込みつつ全社を俯瞰して構造を再設計。製造・調達・物流のDXからAIによる人員配置最適化、生成AIの全社展...※プロフィールは、執筆時点、または直近の記事の寄稿時点での内容です
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