優れた UX の作り方
優れたユーザエクスペリエンス(UX)を設計する方法は既にあります。それが『ユーザ中心設計(UCD:User Centered Design)』です。UCD を用いれば、技術優先の考えや作り手の勝手な思い込みを排除して、常にユーザの視点に立った製品開発が行えます。
UCD とは設計思想であり、個々の手法を指すものではありません。最適な開発プロセスは対象となる製品や、開発を行う組織や環境によっても異なるので、実務者や研究者は独自の工夫を凝らした様々なバリエーションの UCD を開発してきました。しかし、そこには骨格となるパターンがあります。それは以下のようなものです。
- 調査:ユーザの利用状況を把握する。
- 分析:利用状況からユーザニーズを探索する。
- 設計:ユーザニーズを満たすような解決案を作る。
- 評価:解決案を評価する。
- 改善:評価結果をフィードバックして、解決案を改善する。
- 反復:評価と改善を繰り返す。
ユーザの声の限界
一見すると UCD とは単に「ユーザの声(要求)をよく聞いて製品を開発しよう」と主張しているだけのように見えます。そのため「そんなことは当たり前ではないか?」と感じる人が多いかもしれません。
確かに、従来の製品開発でもユーザ要求の把握は重視されてきました。皆さんも要求獲得のためにユーザからヒアリングしたり、アンケート調査やグループインタビューを実施した経験があるでしょう。
ところが、「この部分をこんな風に変更して欲しい」「こんな機能があれば便利だと思う」といったユーザの声を実現しても、あまり満足されなかったり、せっかくの新機能がほとんど利用されないといった結果に終わることは少なくありません。
「ユーザは気まぐれだから…」と責任を転嫁しても問題は解決しません。実は、そもそも「ユーザの声に応えればユーザは満足する」という前提が間違っているのです。
ユーザの声の正体
ユーザの声の背後には必ず具体的な体験――「○○しようとした」ときに「上手く出来なかった」「手間取った」「イライラした」などといった比較的ネガティブな体験――があります。
ユーザの声とは、そういった様々な体験をユーザ自身が分析(多くの場合"素人分析")した結果に過ぎません。そもそも正しく分析されたという保証はありませんし、それらを改めて分析しても新たな発見は得られません。
一方、個別のユーザの体験はまだ分析されていない生のデータなので、それを開発者の手で慎重に分析すれば、ユーザ本人でさえ気付いていない"暗黙"の要求まで探索することができます。開発者が耳を傾けるべきなのは「ユーザの声」ではなく「ユーザの体験」なのです。
ユーザに弟子入り
では、どうすればユーザの体験を詳細に聞き出せるのでしょうか?
それが「師匠と弟子」という人間関係モデルに基づいたユニークな調査手法――ヒュー・バイヤーとカレン・ホルツブラットによって開発された『 Contextual Inquiry(現場調査法) 』です。この手法では開発者が弟子、ユーザが師匠となり、開発者は"ユーザに弟子入り"するつもりでインタビューします。基本プロセスは以下のようになります。
- 開発者はユーザに弟子入りする。
- ユーザは仕事を見せながら説明する。
- 開発者は不明な点があればその場でどんどん質問する。
- 開発者は理解した内容をユーザに話して、間違っていないかどうかチェックしてもらう。
もちろん「師匠と弟子」というのは概念です。開発者は本当にユーザに弟子入りする訳ではありませんが、敢えて"弟子"という立場に身を置くことで、師匠(ユーザ)から手取り足取り教えてもらうのではなく、「観察と質問」を通じて"自力"で学ぶことができます。
ユーザの声を重視すると言うのは、極論すれば単なるユーザ任せに過ぎません。開発者の本来の役割とは、ユーザから提案してもらうことではなくユーザに提案することです。ユーザから出された「○○が欲しい」といった明示的要求に応えるだけでは不十分です。ユーザ自身が気付いていないような"暗黙"の要求まで満たしてこそ、プロとしての存在価値があるのではないでしょうか。
それ故、UX の第一法則は「ユーザの声聞くべからず」なのです。
(次ページでは米国で活躍しているアジャイルUXの先駆者を紹介します)