スパマー、いやむしろスパマン(新しいヒーロー誕生の予感)
メールは意外と届きません。
ごくごくまれにではありますが、いくつものメールサーバを
バケツリレーのように運ばれていくうちに、ふと
行方不明になってしまうものがあるのです。
メールが送信相手に届かず行方不明になってしまう確率は、
瓶に入れて海に流した手紙がだれかに拾われる確率と
ちょうど一致しており、世界が備えた奇妙なバランス感覚の
現われのひとつとされています。
しかし、まったく届かなくていいメールというものもあります。
いえむしろ、とてつもなく大量にあると言えます。
そう、スパムメールです。
スパムメールの作者として誰もが思い浮かべるのは、
キーボードの前に座る、退屈しきった男でしょう。
しかし、実際には、スパムの作者はそのような人物よりも
憔悴しきった竹細工と満足しきった動物の
組み合わせであることが圧倒的に多く、多いどころか
スパム業者のアジトに踏み込んだ捜査官が目にするのは
ほぼ100%その組み合わせだったのです。
「この仕事を続けていると、起こりそうな事と
起こりそうにない事の違いがまったくわからなくなる」
捜査官がぼやくのも無理はありません。
この「憔悴しきった竹細工」というのが一体どういうものなのか、
見たことのない方にはわからないと思いますが、
憔悴しきった竹細工としか表現しようのないものなのです。
形はおおむね人間に似ていると言えるでしょう。
すべて竹で出来ていて、薄く削られた竹のバネ状の弾力で
誰の目にも「憔悴しきっている」と感じられる動きをみせます。
その動きを人間がそっくりそのまま真似たとしたら
過剰にデフォルメされた滑稽な動作に見えるはずですが、
竹で作られた物体がそのような動きを見せると、
驚くほど生々しい「憔悴感」を見る人が受け取ることになるのです。
上記のような憔悴しきった竹細工が、
偶然にか意図されたものか、ときおりかたわらのPCのキーを叩き、
メールの作成画面に文字がひとつ入力されます。
満足しきった動物がときおりキーボードの上を横切り、
足で踏まれたキーによって、またいくつかの文字が入力されます。
その繰り返しによって、とても長い時間をかけてスパムメールの
文章が作成されているとしか考えられない状況だったのです。
捜査官も憔悴しきっていました。
背後にいるはずの黒幕は一向に姿をみせず、
竹細工がいったい何に憔悴しているのか、
動物がいったい何に満足しているのか、
言葉を持たぬ彼らからはまったく聞きだすことができません。
捜査官は、身振りを試してみました。
すると、どう考えてもそれに反応したとしか思えない
身振りを竹細工が返したではありませんか。
間違いなくコミュニケーションが成立しているという
手応えを感じ、捜査官はさらに別な身振りを試してみました。
フィードバックが事態を誰も予想しなかった場所へと運び、
数年後、捜査官はブロードウェイの舞台に立っています。
彼が世界中の観客にとどける倦怠感が、やがて
人類にどんな事態をもたらしたかについては、またいつか
お話しする機会があるかもしれません。