あなたはなにをクラウド化してほしいのですか?
そうたずねたのは、クラウドがかりでした。
わたしはなにをクラウド化してほしかったのだろう?
夢のなかのことゆえ、シチュエーションを把握するだけで
精一杯、すぐには答えが浮かびません。
そうだ、わたしは、角材をクラウド化してほしいと
思っていたのだった。いつかみた、まったく違う夢のなかで。
角材をクラウド化すると、どういうメリットがあるのですか?
そういわれて、わたしはふたたび答えにつまりました。
角材をクラウド化すると、どういうメリットがあったのだろう?
角材というのはほかの夢に現れた物品の呼称で、名前に反して
まるで角張ったところのない、透明な流線型の塊です。
n角獣の角の材料として使われているものなのです。
クラウド化とはいったいどういうことであっただろうかと、
夢のなかでさらにわたしは考えこみました。
これもまた、ほかの夢のなかで、出会った何かに説明された
概念ではなかっただろうか。
わたしの夢はいくつものサブクラスによって構成されて
いるらしいということに、ここで気づきました。
ひとつの夢に、ほかの幾つもの夢のなかで定義された概念が
継承され、それによって世界が成り立っているのです。
クラウドがかりは、わたしの返答を待つあいだ、まったく
変化をみせません。おそらくこれもソフトウェアなのでしょう。
この夢が終わればこの存在も終了し、いくつかの設定値として
しかるべき記憶野にしまいこまれるのです。
ヘルプメニューはどこですか?
わたしはクラウドがかりにたずねました。
ヘルプは、いまこちらに向かっているところです。
夜が明けるまでにここにたどり着けるかは風しだいです。
表情を変えず、クラウドがかりはこたえました。
夜が明ければ、おそらくこの夢は終わってしまうのでしょう。
その前に、ここでなにかを手に入れなければいけない、
この夢からなにかを持ち帰らなければいけないという
切迫した欲求が自分のなかにあることに、わたしは気づきました。
夢からさめたら自分はいったいどこにいるのか、
目覚めた自分はいったい何者なのか、なぜか、まったく
思い出せなくなっていることにも気づきました。
わたしは、ふたたび、クラウド化という言葉がなにを意味
するかを思いだそうとしました。
それは、なにか、偏在することにかかわる言葉でした。
雲のように広がり、霧のように散り、どこでもないどこかに
幾重にも書き写された実体を隠して、無数の窓に姿をあらわす。
クラウド化するとはそのような存在になることなのだと、
いつみたものか定かではないあの夢で、姿ももはや定かではない
なにかが教えてくれたのでした。
わたし自身がすでにそのような存在になっているのではないか、
あるいはそのような存在の一部なのではないか、という疑いが、
急に浮かび上がってきました。
ここがそのような窓のひとつであり、目の前にいるこの
クラウドがかりは、窓のむこうからこちらを覗きこんでいる。
そのように心に落ち着いたとき、それはもはや疑いではなく、
どこか自分の外からもたらされた、ひとつの理解でした。
わたしはクラウドの一部であり、この窓が閉じられれば
いくつかの小さな文字列に還る存在なのです。
しかし、驚いたことに、そこでわたしは目が覚めました。
わたしはn角獣の背にまたがっていました。
移動しながら眠ってしまっていたことに気づきました。
衝撃を心に残したまま、わたしはいそいで角の数を数えました。
眠りに落ちる前より、一本少なくなっています。
階層をひとつ上昇できたことに安堵し、わたしはまた目を閉じました。
どこへ向かっているかは問題ではなく、移動していること、
上昇しつづけていることが重要なのです。
いま、わたしは心の中で窓をひらき、これを書いています。
書かれたものは雲になり、無数の窓にあらわれます。
いつかすべてが雲になり、すべての窓を消しさって
どこかへ流れてゆくでしょう。