意図的・計画的・継続的! ゴースト師匠のOJT奮戦記
「それが十分にシステマティックで効率的であれば、
霊魂のアドバイスでもOJTとして成立しうる」……
陶芸、漆芸、藁人形など、
日本の伝統工芸の職人育成を目的とした研修施設である
「総合伝統工芸研修センター(総伝研)」では、
OJT(On the Job Training)の手法をもちいて
霊が仕事を教えています。
霊魂を呼び出す技術は前世紀からすでに確立されていますが、
近年の研究により、特定の技術をもつ故人の霊を選んで
召喚することができるようになりました。
高い技術を持つ江戸時代の漆職人や、歴史のある窯元の
絵付け職人などの霊を呼び出せるようになったのです。
伝統工芸の世界は後継者不足に悩まされていますが、
教育にあたるべき職人のほうも
高齢化のためどんどん少なくなりつつあり、
すでに完全に失われてしまった分野も少なくありません。
効率的でない徒弟制度への反省もふまえ、
霊を教育役としたOJTのプログラムが考案されたのです。
高い技術をもつ霊が研修生に憑依し、実際の製作を通して
必要な技能、心構えなどを教えてゆきます。
もちろん、綿密な指導計画と、徹底した習熟度チェックを
欠かしません。
完成した作品は販売され、センターの収益になっています。
プログラムの実行上、最大の問題となったのは、
職人の霊にOJTの概念を理解してもらうことでした。
どの霊も昔気質の職人なため、「仕事は盗んで覚えろ」式の
徒弟制度にどうしてもこだわりがちです。
しかし、声のとても大きい僧侶に説得されるとかなりの確率で
おとなしく納得してもらえることがわかってからは、
スムーズに教育を行えるようになりました。
霊にOJTを行わせることのメリットは、
なんといっても、報酬が必要ないという点が大きいでしょう。
だれかに憑いているということ自体に満足感があるため、
その精神的な報酬だけで案外たのしく働いてくれるのです。
一方、デメリットとしては、研修生がどんどん痩せていくという
現象が時たまおこります。この場合はいったん憑依をやめさせ、
声の大きい僧侶に霊を叱咤してもらう必要があります。
また、まれにですが、間違って動物霊が憑依することも
あるようです。しかし、動物的なアドバイスがいい方向に
はたらくこともあるのでこれは一概にわるいこととはいえず、
そういった研修生の作品の一部はアウトサイダー・アートとして
オークションに出品されています。
偶然、人間国宝級の技をもつ霊が呼び出される事があります。
こういう人物には、技能よりもむしろ一種の霊感をさずけられる
ことを期待するべきではないかと施設側は考えるようになり、
特別なプログラムを用意するようになりました。
いつのまにか研修生が完全に体を乗っ取られ、霊自身がどんどん
自分自身の作品を作り始めるという事例がすでにいくつかあり、
関係者一同、対応にはやや苦慮しつつ、高品質な作品を
海外に売却することで大きな収益をあげています。
小さな問題もありますが、この手法は全体的には大きな成果を
あげていると考えていいでしょう。
現在、センターはあらたな分野への進出を目指しています。
それは、古代の超文明、もしくは近傍の異星文明の職人の
霊を呼び出してOJTを行わせるという、壮大な計画です。
まったく未知の技術を習得できる可能性が眠っており、
関係者はおおきな期待とともに見守っています。
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倉田 タカシ(クラタ タカシ)
「ネタもコードも書く絵描き」として、イラストレーション、マンガ、文筆業、ウェブ制作、Adobe Illustratorの自動処理スクリプト作成など、多方面で活動。
イラストの他に読み札も手がけた「セキュリティいろはかるた」はSEショップより発売中。
河出文庫「NOVA2-書き下ろし日本SFコレクション」...※プロフィールは、執筆時点、または直近の記事の寄稿時点での内容です
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