今やオープンソースなくしてITを語れない時代
――今回、社団法人オープンソースライセンス研究所を設立に至った設立の背景を教えてください。
湯澤 今日、オープンソースソフトウェア(以下、OSS)の普及は飛躍的に進んでいます。“LAMP”を代表として、今やインターネットの80%は、OSSで構成されているといわれ、もはやこの存在なくしてITは成り立たないといっても過言ではありません。
吉田 企業への導入も進んでいます。私は、日立ソリューションズで社内SEを技術的に支援する部署にいますが、ユーザー企業への提案活動の中でOSSの名前が上ることは日常的になっています。システムインテグレーション企業である当社にとって、OSSはよく知っておくべき要素技術です。
――それは、ユーザー企業のコスト削減ニーズに応えるため?
吉田 それもあります。OSS活用は基本的に無償ですからシステム開発コストの削減を図りやすい。すでに完成したものを利用できるという点でも、工期短縮、われわれはタイム・トゥ・マーケットといっていますが、これが実現できるメリットもあります。
しかし、それだけではありません。近年は、OSSの品質が格段に向上しました。中にはHadoopのように世界中の優秀な技術者がバーチャルに協業して作り上げたソフトウェアなども出てきており、今や新しいイノベーションはOSSから生まれると言われるほどです。
同じようなことをIT企業が1社で担おうとしたら莫大なコストがかかるし、時間もかかり、ソフトウェアの中身についても完全にブラックボックスになってしまうでしょう。現時点で、大規模データの分散処理をやりたいのであればHadoopを採用するのが最良、というのが、エンタープライズITの中でも定説になりつつあります。
普及したがゆえに生まれた誤解やネガティブメッセージ
屋代 OSSは普及の一途をたどっていますが、それゆえの誤解やネガティブメッセージも目立つようになってきました。例えば、私はOSSベースの業務アプリケーション開発を手がけているのですが、OSSがベースだと説明すると、“保証がないんでしょう?”“すべて自己責任なんでしょう?”といわれることがあります。
湯澤 OSS利用にはリスクがあると思われていますが、商用ソフトウェアにはもっと大きなリスクが潜んでいます。ソフトウェアベンダーが自社の都合のいいように設定でき、それを承諾しないとユーザーは使っていけない。すべてのリスクはユーザーが負っている。OSSに関しては、開発者もリスクを負って公開しているのですね。
―たしかに、OSSはソースコードを公開することによって提供側もリスクを追っていますし、商用ソフトウェアでも動作が完全に補償されるというわけでもありませんよね。あくまでベンダー側が提示した利用条件を丸呑みした場合にのみ利用が許される。ただ、OSSの場合、ソースコードを公開しなければならないこともありますよね。
湯澤 もちろん、ライセンスの種類によっては、ソースコードの公開を義務づけているものもあります。ただし、それはソースコードを利用する対価が、金銭ではなくて名誉だという話ですね。誰が作ったのかを明らかにすることで、著作権者の名誉を尊重する。そうすることをライセンスで求めている場合には、当然、公開する義務があります。
ただし、全てのOSSがソースコードの公開を求めているわけではありません。それは、ちゃんとライセンスに示されています。いきなり後から公開しろと言われるわけでもない。ただ、そうした誤解に乗じて、ネガティブなメッセージを発信したり、商用ソフトウェアにスイッチさせる口実にしたりしているケースがあることも事実です。
誤解を解き、正しい利用に導くのが研究所の使命
―― 一方で、OSSの著作権者が権利を棄損されているともおっしゃっていますね。
吉田 はい。今、多くのユーザーが理解不足からOSSの利用に二の足を踏んでいるとお話しましたが、逆にOSSは無償だから何をしても良いと誤解しているユーザーが少なくないことも事実です。ライセンスでソースコード添付を求めているのに実行ファイルだけを配布したり、勝手に改変したりといったケースは後を絶ちません。
よく“ネットにころがっていたから”という人がいますが、別にころがっているわけじゃない。OSSの作者は意図を持ってそこに置いているのです。著作権を放棄しているわけでもない。ソースコード添付という形で著作権を行使しているだけなのですね。それは、使ってくれる人と一緒に前へ進もうと思っているから、そうしているのです。
つまり、普及したがゆえに混乱も生じているのが現在のOSSなんですね。登場した当時は、開発者もプロなら利用者もプロで、ルールをわきまえて活用されていたものだったのですが、それまでの経緯を理解しないままにOSSを利用し始めてしまった結果、気がつかない間に危ない橋を渡っているようなケースも出てきているんですね。
―OSSのライセンス侵害が訴訟に発展するようなケースもあるのでしょうか?
湯澤 日本ではまだOSSのライセンスに関して訴訟は起こってはいませんが、米国などではいくつかケースが出ています。ライセンスは定型のものもあれば、開発者が自由に設定できるために種類が複雑化している事情もあります。このあたりできちんとライセンスについての知識を整理しておかないと、これからの日本のIT発展に大きな支障を生じると考えて、研究所の発足を決断しました。
シスコシステムズとOSSライセンス訴訟
――なるほど。オープンソースのマナーを過剰に恐れている部分と、オープンソースのマナーを過剰に踏みにじっている二つの問題があるわけですね。まずは、正しい知識を広めることによって、二つの誤解を解いていきたいと。ちなみに、米国で発生している訴訟というのは、どういうものがありますか。
吉田 一番有名なのは、シスコシステムズとリンクシスのケースですね。米国にはOSSのライセンス違反を摘発する団体があり、ここが係争の発端となって訴訟に発展しました。シスコシステムズがネットワーク機器メーカーのリンクシスを買収したのですが、リンクシスのルーターに使われているチップにOSSのGPL(The GNU General Public License)に抵触するコードが入っていた。
ソースコードの公開を原則として、使用者に対してソースコードを含めた再配布や改変の自由を認めているものです。シスコシステムズとしてみれば、独自技術だと思ったから大金を出して買収したのに、ソースコードを公開しなければならないのなら競争力を獲得したことにならない。結果として、シスコが損害を出した形になりました。
吉田 ただし、誤解して欲しくないのは、訴訟のリスクは商用ソフトウェアでもあります。むしろ、商用の方がOSSよりもずっと厳格に追求されるでしょう。
問題は、利用する側の意識です。ベンダーがきっちりと著作権を管理している商用ソフトウェアであれば皆さんも滅多なことはしない。ところが、OSSになるとそうした意識が働きにくくなる。「タダだから何をしても良い」という誤解が、通常ではありえないような不誠実な使い方をさせてしまうことが起こりがちだということです。