垂直統合ビジネスがプラットフォームレイヤー化する意味
2011年11月17日に開催された「Hitachi Open Middleware World Cloud Day」では、冒頭に基調講演としてITジャーナリストの佐々木俊尚氏が「ソーシャルとクラウド化がもたらす日本社会の変化と今後のあり方」と題して語った。
1990年台にインターネットが普及し始めた頃「垂直から水平へ」という言葉が流行った。それまでの垂直統合型のビジネスが、水平分業型へと変化するという意味だが、当時の貧弱なネット環境下ではあまり実現しなかった。佐々木氏は「理念でしかなかった水平分業が今、ソーシャルネットワークとクラウドコンピューティングの進展により実現しつつある」と見ている。
これまで、情報の多くはテレビ、新聞、雑誌のような縦割りの独立した情報チャネルを経由して我々のもとに届いていた。ところが最近、たとえばテレビの世界ではConnected TV、Smart TVというキーワードが話題になっている。たとえばGoogleは、スマートフォンのようにアプリケーションをダウンロードしてインストール可能にするテレビ受像器を出そうとしている。佐々木氏はこの新しいGoogle TVの構想は、従来のテレビのビジネスを破壊する可能性を秘めていると指摘する。
番組の選択がネットとアプリケーションの切り替えで可能になるだけでなく、個人プロフィールや行動に合わせたCM、独自の決済手段の提供などが可能になるからだ。その結果、テレビ局による垂直統合のコンテンツ提供モデルが、テレビのプラットフォーム上にオープンなサービスのレイヤーが並ぶモデルに変わる。
同様の現象は過去、ITの世界で2度起きている。一つ目は、日本で一番普及していたIT機器のワープロ専用機がパソコンに駆逐されたことだ。2度目の変化は現在起きており、フィーチャーフォンが、スマートフォンに劇的に置き換わりつつある。つまり、機能が限定された、固定化された機器は、オープンなアプリケーションのプラットフォームになり得る機器に、常にリプレースされてきた。佐々木氏は同様の変化がテレビの世界でも起きると見ている。
さらにSNSもテレビのビジネスを変えようとしている。最近の20代、30代では、Twitter、Facebookで番組情報を得ている人が多い。またTwitterの機能を使い、リアルタイムに盛り上がっているテレビ番組が分かる「tuneTV」というiPhone用アプリも登場している。その結果、テレビに関する情報発信の担い手が、従来の報道機関からSNSのアプリ上に移ることになる。
このプラットフォームレイヤー化の現象は、コンピュータが大型汎用機中心の時代から、誰でも自作可能になった様に、部品さえあれば容易に組み立てられる電気自動車など、他産業にも広がると見られている。ただ、AppleのApp StoreやAndroid Marketの登場は、大企業のコンシューマ向けソフトウェアビジネスを難しくした一方で、一個人でも世界中のマーケット相手に自作アプリを販売可能にした。
プラットフォーム時代はクラウド時代でもある
様々なビジネスがプラットフォームレイヤー化するなかで、そのプラットフォーム自体もグローバルなクラウドとなりつつある。佐々木氏は「今後のプラットフォームでは、クラウドをどのように融合させるかがテーマになる」と語る。
たとえばAmazonの電子書籍リーダーKindleで購入したコンテンツは、Amazonのクラウド上に保管される。しかもライバルのiPadやmac、Windows用のリーダーも用意されていて、Webブラウザでも読める。コンテンツのテキストだけでなく、しおりなどの情報も保存されるので、昼間Kindleで読んでいた本の続きをiPadで読むことが可能になっている。日本の電子書籍サービスが不調なのは、主にデバイス作りに注力し、こうしたクラウド化されたプラットフォームとの連携が無いからだ。Appleの音楽配信ビジネスもiPodだけでなく、iTunesストアと連携したプラットフォーム化により成功した。
さらに佐々木氏は、企業だけでなく、国ごとの垂直統合も終焉し、プラットフォーム時代に移ると語る。すでに米国では行政機関が所有する情報をクラウド上で公開し、民間がその情報を活用したサービスを開発して提供するGov2.0と呼ばれる試みが開始されている。ワシントンDCでは開発コンテストを開催したところ、渋滞情報などを使った47のアプリの応募があった。その結果、5万ドルの予算で2300万ドルの価値が生み出されたという。日本の経済産業省でも、一部の若手官僚によりGov 2.0の実験を開始する動きがあるようだ。
二極化する世界で生き残るために
ただ佐々木氏は「日本の企業、政府がクラウドのプラットフォーム化するには道のりが遠い」と懸念している。それは、日本の組織にはデータを構造化して提供する発想が乏しく、多くがいまだにITを清書マシンとしてつかっているからだ。今後クラウド化されたプラットフォームに進んで行くには、自分たちの所有するデータそのものをPDFやwordファイルではなく、XMLで構造化していくことが必要になる。それを行わない限り、グローバルプラットフォームの浸食は防げない。
今後の世界は、「クラウド化したグローバルプラットフォーム」と「ノマドなモジュール」へ二極化していく。日本の企業は後者、プラットフォームに中間財を提供するビジネスになりつつある。最後に佐々木氏は「クラウドはコスト削減のためだけのものでは無く、我々の社会、産業、ビジネスそのものを変える。そういう発想でプラットフォーム化に取り組んでほしい」と提言して基調講演を閉じた。
佐々木氏の基調講演に続き、日立製作所ソフトウェア事業部先端情報システム研究開発本部の本部長である三木良雄氏が主催者講演のために登壇。「クラウド時代の社会イノベーションに貢献するオープンミドルウェア」と題した主催者講演を行い、クラウドサービスや大量データ活用を支えるJP1やCosminexusの関連製品、東大と共同で開発中の超高速DBMSの概要などが紹介された。