技術力で勝る日本が、なぜ事業で“負け続ける”のか
―『技術力で勝る日本が、なぜ事業で負けるのか』(ダイヤモンド社)という本を出されてから3 年。日本の産業の実証的な状況から警告を発せられたこの本で、多くの人々に示唆を与えたと思うのですが、その後も日本の製造業は、ますます苦しくなっています。あらためて、現時点でのご意見を伺えればと思います。
妹尾 仰るとおり、政府官僚の方や経済新聞の論説の方々などが、この本のタイトルを引用され話題にしていただきました。主流派経営学の方々からは批判も受けましたが、3 年たって本の内容は的中してしまいました。私はあの内容が当たってほしいと思って書いたのではなく、まさに「残念ながら」というしかありません。さらに問題は、「技術力で勝る日本が、事業で“負け続ける”」という現状です。
これは何故か。日本の企業が80 年代で成功を収めたモデルをあまりに信奉し続け、そのモデルを超えるリスクをとろうとしなかった。この本でも、はるかに特許数の多い日本の企業群がインテルにかなわない理由を挙げ、技術だけで勝とうとしては立ちゆかなくなる、特許の数が多いだけでは勝てないということを指摘したのですが、崖っぷちになるまで何も手をうたないで来てしまったということです。
―特許だけではなく、ビジネスモデルの面でも勝てないということですか。
妹尾 なまじ製品技術や製造技術に自信があるから、商品形態(アーキテクチャ)や事業形態(ビジネスモデル)の工夫をしてこなかったのが、ここへきてようやく最近考えざるを得なくなったということです。ソニーやシャープだけでなく、東芝、日立も事業別で見れば、家電関係は危ない。逆にソニーでも勝っている分野もある。企業全体で見るだけでなく、事業構造で見ないと間違えます。
オープン&クローズの戦略に注目せよ
その違いは何か。東大の小川紘一先生の研究などで明らかにされてきたことですが、日本がある製品分野で100%のシェアを取ってから、0%に落ちるまでの推移を示したグラフがあります。このグラフを私が会長を拝命している知財戦略本部専門調査会の「知財戦略2012」提案に大きく取り上げてもらいました。このグラフが示すのは2 つのパターンです。
ひとつは、100%から0%だんだん加速度的にシェアを10年かからずに落ちていくパターン。もうひとつは、10 年たっても6割以上のシェアをキープしているというもの。この2つの違いは何か。前者はフルオープン型。後者はオープン&クローズ型というモデルです。デジカメがいまだに60%のシェアを持っているのは、オープンの領域とクローズの領域を使い分けているからです。意図的であるかどうかは別にして、ですが(笑)。
今、世界で勝っているのはオープン&クローズの企業です。今、日本で流行っているオープンイノベーションという言い方は問題があると、私は思っています。日本でオープンイノベーションと言うとなぜか皆さんフルオープン型をイメージしてしまうからです。
オープンにして市場を加速的に形成すべき領域と、クローズにして市場から収益を得る領域、その使い分けや組み合わせのデザインが日本企業と欧米の勝ち組企業を分けているといえます。技術のあるなしではなく、技術の使い方の知恵のあるなしで勝負が決まっていると言えるのです。
ではなぜ日本は、「技術に」しか知恵をつかわないのか、「技術を活かす知恵」を開発することに知恵をつかわないのか。
数年前に知財の専門会長を拝命した時から、「知を活かす知」ということを言ってきました。「技術という知を活かす、ビジネスモデルや知財マネジメントという知」という意味です。海外企業は技術では多少劣っても、ビジネスモデルや知財マネジメントを工夫して勝ってきた。
このことは少し極端にいっているので、必ずしも「日本VS欧米」ではなく「日本の負け組VS欧米の勝ち組」というのが実際です。日本でも勝っている企業はいるわけです。そこのところをはっきりさせようということを、実証研究でやっているのが東大の小川紘一先生、モデル論でやっているのが私です。
アップルは「複合+複層」の価値形成モデル
― アップルは以前はクローズ戦略の企業と見られていましたが、実はオープン&クローズが非常に巧みだといわれます。
妹尾 アップルのやり方は基本的には変わらない。周辺の企業の戦略が変化してきているのです。アップルはクローズではなく、これも一種のクローズ&オープンです。どこをオープンにしているか、内部オープンです。どういうことか。私は、「複合体+複層的価値形成モデル」と呼んでいます。
機器のレイヤーではアップルは複合体を作った。iPod はメディアです。レコード、カセット、CD、MDと変遷してiPodの時代になった。この変化は10 年単位で世代を構成しています。EP/70 代、LP/60代、カセット/50代、CD/40代、MD/30代、iPod/20 代という具合に、世代別に10年おきにメディアの変化が起きています。カセットまでがアナログでA 面、B 面があります。今の若い人にB面というメタファーは通じない。AB がなくなったから、CDになった(笑)。
実は、さきほどの10 年ごとのリストの中で、iPod だけが一般名ではなく商品名なんです。これが本当のイノベーションを意味している。ゼロックス、味の素、ホッチキスなど、イノベーティブな製品は、商品名が一般名化するということです。
では、逆にiPodを一般名詞でなんと呼べばよいのか。店頭では携帯デジタル音楽プレイヤーと呼ばれていますが、実際は音楽だけではないし、プレイヤーといわれているがメディアでもあります。レコードからMD までは、メディアとプレイヤーは別でした。iPod ではじめて、メディアとプレイヤーが融合されたといえる。なおかつダウンロードしたコンテンツのストレージ機能も持っている。つまりiPod は「ストレージ+メディア+プレイヤー」です。複合体の価値形成というのはそういう意味です。
もうひとつは「複層」的ということ。iPod はiTunesStore と一緒になって、サービス・レイヤーとモノ・レイヤーで価値形成してきた。なおかつ2011年の6 月スティーブ・ジョブズの最後のプレゼンで、彼はパソコンのレイヤーからiCloudへのレイヤーへ重心を移行させると宣言した。クラウドというサービス・レイヤーが一気に加速されたわけです。これがアップルの複合、複層的価値形成モデルの全体像です。こういう産業の価値形成の全体像の透視図が、シャープやソニーなど日本の製造業に作れなかったということです。また、アップルはこのモデルを垂直統合で作りましたが、彼らの最大の競争力は40 数万種類のアプリケーションです。
これらは彼らがつくったものではなく、サードパーティが作ったものです。そのWin-Winの関係を可能にしたのが「内部オープン」です。すなわち、自分の生態系の中にオープン領域を作り、そこに外部を引き込んで競争力を生み出した。
これはインテルとまったく同じです。インテルは自分たちのMPU のパソコン市場を作るためにマザーボードを開発したけれど、マザーボードの技術はすべて台湾企業に公開した。
オープンとクローズの使い分けと組み合わせという意味では、まったく同じですよね。
ジョブズは織田信長だ
このやり方を、私は「織田信長流」とよんでいます。織田信長は領界を区切った。そして真ん中に「楽市・楽座」を作って全国から人や物資を集めて市場を繁栄させた。まったく同じです。たぶんスティーブ・ジョブズは織田信長の話を読んでいたにちがいない(笑)。ジョブズと信長って、性格も似てるでしょう? 素晴らしいと絶賛したくなるけど、実は絶対上司にはしたくないタイプ。殺されるかもしれない(笑)。
―ジョブズの伝記には、信長の話はありませんけどね(笑)。
妹尾 私はそういう読み方をしています。アップルのやり方に、今マイクロソフトやグーグルが近づいてきて、似たような動きを始めた。つまり垂直統合とオープン&クローズの組合せです。こうした複合的なやり方同士の戦いになってきています。アップルが変えたのではなく、外側の企業がアップルを真似てきている。マイクロソフト、グーグル、インテルなどが、自分たちの得意な領域から垂直統合と複合的な生態系づくりを始めた。
ただし、収益の源はそれぞれが得意なところに置こうとしています。だから、垂直統合同士の戦いとはいえ、その重点レイヤーが異なるので、ことは複雑で流動的になってきているのです。恐ろしい戦いになってきたと思いますが、ようやく皆さんも、こういう話を真剣に聞いてくださるようになってきたことは有り難いことです。昔こういう話をした時に、多くの経営学者から批判されました。「iPod の部品の大半は日本製だ」「音質はウォークマンの方が良い」とか。
― 以前はiPod はハードではなく、サービスこそが収益源だという見方もありましたが、蓋を開けてみたらiPhone/iPod の利益率が驚くほど高かった。ものづくりでもアップルは優っていた。またマイクロソフトがSurface、グーグルがNexus など自社のハードを出す戦略にシフトしてきているように見えます。
妹尾 ただ、そこで気をつけなければいけないのは、全体の価値形成と収益を上げる価値形成は別に考えた方が良いということです。サービスも加えて、価値形成の仕組みを作っておいて、ただし収益源はそれぞれの領域に持ってくる。
マイクロソフトもグーグルも全体の価値形成は同様に作って、収益構造はどこにするかを別に設定している。それぞれ違います。各社がハードウェアが儲かるので、そちらに移行するのではという見方もありますが、私はそうは言い切れないと思います。グーグルはグーグルの、マイクロソフトはマイクロソフトの収益モデルを作るために、あえて全体のビジネスモデルを再構築しているという見方をしています。全体の価値形成モデルの話と自社特有の収益モデルの話はもちろん関連していますが、各社の思惑とコンピテンシー(得意)があるので、それらは分けて見た方が良いでしょう。
ところで、スティーブ・ジョブスは天才だったと思いますが、ティム・クックも恐ろしいですよ。私は秋葉原に拠点を置いていますから、店頭でのiPhoneの売られ方を観察しているとよくわかる。新型が出るときには、量販店にインセンティブを与えて売りまくる。しかし、絞るときには市中在庫がなくなるまで絞り切る。中国の生産状況と秋葉原の在庫状況をつないで、在庫と生産と販売のバランスを絶妙にとっています。ソニーやパナソニックにはこうしたオペレーションは無いので、型落ち品が出回ってしまうし、値崩れが起こる。ティム・クックがジョブズの下でCOO になってから、アップルのオペレーションは変貌したと秋葉原の連中は言います。つまり彼らは、垂直統合をおこないながら収益源はそれぞれのレイヤーで緻密にコントロールしている。こうした統合した戦略を解析した方が良い。
業種ではなく「業態」で捉える
日本のマスコミの論調と米国のアナリストの見方が違う。ソニーとパナソニックとアップルという比較は、米国ではない。アマゾン、アップル、マイクロソフト、グーグル、インテルそしてフェイスブックです。日本でいえば異分野、異業種です。米国のアナリストの評価が違います。
ソニー、シャープ、パナソニックなどを比較しながら「ものづくり」を云々している日本とは、見ている世界が違うのです。産業生態系が様変わりしているということです。商品形態、事業業態、産業生態という言い方を私はします。ものづくり、製造業は「業種」といわれます、「業態」は流通業だと考えられてきましたが、あえて「業態」という言い方をしようと提案しています。繊維、化学、医薬、食品とかいう株式市場の区分では捉えられない。業種の垣根を超えた戦いをしているのだから、業態で考えた方が良い。すでに、電子機器、機械は当然のことながら、今後は医療機器、機能性素材、食品に至るまで同様のビジネスモデルとして見たほうが意味があるのではないでしょうか。
そのことを理解して、俯瞰的、長期的な手を打たないと負け続けるよ、というのが私の議論です。今は乱世なのですから、乱世の戦い方をしないと勝てない。乱世は次の世代の構想を描いた奴が勝つのです。
―どうもありがとうございました。
妹尾 堅一郎(せのお・けんいちろう)
特定非営利活動法人 産学連携推進機構 理事長
1953年東京都生まれ。特定非営利活動法人 産学連携推進機構 理事長、CIEC(コンピュータ利用教育学会)会長。慶應義塾大学経済学部卒業後、富士写真フイルム(現富士フイルム)に入社。1990年、英国立ランカスター大学経営大学院システム・情報経営学博士課程満期退学。産能大学助教授、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科教授、東京大学先端科学技術研究センター特任教授などを経て現職。一橋大学大学院MBA、九州大学、放送大学の客員教授を兼任。内閣知的財産戦略本部専門調査会会長、農林水産省技術会議委員など、多数の政府委員を務める。著書に、『技術力で勝る日本が、なぜ事業で負けるのか』(ダイヤモンド社)、『アキバをプロデュース』(アスキー新書)など多数。
妹尾氏の共同研究者でもある小川紘一氏の本。本記事で紹介する知財マネジメント、ビジネスモデルの戦略がアップル、サムスン、インテル、クアルコムなどの事例を通じて紹介されています。妹尾氏も「金字塔的労作」と推薦
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