IBMは2025年4月9日、AI機能をハードウェア、ソフトウェア、システム運用のすべてに組み込んだ次世代メインフレーム「IBM z17」を発表した。記者説明会では、日本アイ・ビー・エムの二上哲也氏、渡辺卓也氏、竹吉俊輔氏が登壇し、AI時代に向けて完全に設計された初のメインフレームとなるIBM z17の概要や戦略、技術的特徴について説明した。

二上氏はまず、企業が直面している課題としてベテラン技術者の退職や技術継承の問題を挙げ、AIの活用によってこれらの課題を解決する方向性を示した。
「AIの時代を見据え、ベテランの方々のノウハウや既存システムの内容を、若手の方々に引き継いでいける環境を作った」と二上氏は説明する。
特に、長年使用されてきたシステムの複雑化(いわゆる「スパゲッティコード」)の問題に対して、AIによるコード分析やリファクタリング支援機能を提供していることを強調。若手技術者向けに「watsonx CodeAssistant for Z」「watsonx Assistant for Z」などのAIアシスタント機能を導入し、メインフレームに不慣れな技術者でも操作できる環境整備を進めている。
運用面では、ハイブリッド環境の全体監視と自動化によって安定稼働を実現する取り組みや、RedHat AnsibleやHashiCorp Terraformといったオープンな運用製品がIBM zにも対応していることで、特殊なメインフレーム運用スキルがなくても運用が可能になる点が説明された。
二上氏は「ハイブリッド・バイ・デザイン」という考え方も提唱。計画段階から全体最適化を意識し、メインフレームとクラウドのデータ連携を当初から検討することで、セキュリティを確保しながらリアルタイムにデータをクラウドで活用できる環境構築の重要性を強調した。

AI活用によるメインフレーム人材の課題解決

渡辺氏は、IBV(Institute for Business Value)調査のデータを引用し、「世界のトランザクションの70%がメインフレームで処理され、経営層の78%がメインフレームをデジタル変革の重要な要素と認識している」と指摘した。
メインフレームのモダナイゼーションについて、渡辺氏は「COBOLのロジックをそのままJavaに変えることや、プラットフォームをそのまま置き換えることだけではない。長期間の使用でスパゲッティ化してしまったアプリケーションをうまく紐解いて、正常に使っていけるようにしていくことでもある」と説明した。
IBM z17は、2025年4月8日(米国時間)の発表から約2か月後の6月18日から出荷開始予定。渡辺氏はz17の特徴として、AI時代に向けて完全に設計された初のメインフレームであることを強調し、1ミリ秒の応答時間で1日あたり最大4,500億件のAI推論処理能力(前モデルのz16の約1.5倍)や、250を超えるAIユースケースの開発実績を紹介した。
z17は5年にわたる設計と開発の集大成として、300以上の新しい特許を取得。100社以上のグローバル顧客との協業により必要機能を実装している。心臓部にはIBM Telum IIプロセッサーとSpyre Acceleratorを搭載し、メインフレーム上でのAI処理を強力に推進する。また、セキュリティ面では米国NISTの耐量子標準に準拠している。
IBM z17の提供価値として渡辺氏は、AIを活用したイノベーションによるビジネス成長の促進、自動化と変革による業務効率化、最も信頼性の高い基幹システムとしてのセキュリティ強化の3点を挙げ、ビジネス変革とIT変革の両面でAIが活用されることを説明した。
メインフレームの継続の宣言と人材育成への取り組み
メインフレームの将来性についての不安に対して、IBMは3世代先までのメインフレームリリースを計画したロードマップを提示。約3年ごとのペースで新世代のメインフレームを提供することで投資を継続するという。

日本IBMのメインフレーム事業戦略については、メインフレーム資産の活用とAI加速・ハイブリッドクラウド実現に向けた新機能提供、パートナーシップによる長期サポート体制、人材育成の強化の3点が説明された。
人材育成面では、2023年4月に発足した技術者コミュニティ「メインフレームクラブ」が紹介された。企業の垣根を越えた技術者コミュニティとして成長し、顧客とパートナーだけで600名を超える会員数に達している。このうち約180名(3割)は社会人歴9年以内の若手技術者であり、若手同士のサブコミュニティも自主的に形成されているという。
さらに、IBMグループ会社のIBM日本デジタルサービス(IJDS)では、新入社員の2〜3割にメインフレームの育成研修を実施するなど、グループ自身も人材育成に継続的に投資していることが説明された。
IBM z17の革新的技術

竹吉氏からは、IBM z17のテクノロジーについて詳細な説明があった。Telum IIプロセッサーは1つのCPUチップ上に5.5ギガヘルツの8コアCPUを搭載し、z16と比較してパフォーマンスが11%向上、CPUあたりのキャッシュ容量も40%増加している。
また、I/O DPU(Data Processing Unit)がCPUチップに統合されたことで、消費電力の削減やI/Oカードの削減、さらには筐体数の削減にも繋がる効率的な設計となっている点が強調された。
IBM z17のAIインフラストラクチャーは、オンチップAIアクセラレーターとSpire Acceleratorという2つの特徴を持つ。オンチップAIアクセラレーターはLLM向けのインストラクションが追加され、低遅延でリアルタイム処理に適している。一方、Spire Acceleratorは生成AI対応の32コアを搭載し、1筐体あたり最大48枚を装着可能で拡張性に優れ、大規模AIモデル処理に最適である。

竹吉氏は、これらの技術を活用したビジネス応用例として高度な不正検出システムを紹介。Telum II上の小規模で効率的なAIモデルで全トランザクションを低遅延で検査し、信頼度が低いケースについてはより複雑なAIモデルで追加推論を行うという二段階アプローチにより、レイテンシーと精度のバランスを保った不正検出が可能になる。
また保険金請求処理の効率化と詐欺検出の例も示され、基盤モデルによってテキストデータを構造化データに変換し、業務の優先度判断や効率化に活用できることが説明された。これらの処理はリアルタイムだけでなく、時間的制約の厳しい大量バッチ処理においても有効だという。
アプリケーション開発や運用面では、COBOLやPL/1のコード説明やリファクタリング、コード変換を生成AIがアシストすることでモダナイゼーションを加速。IT運用では多くのメトリックデータをAIが分析し、障害の予兆検知を行う機能も紹介された。
竹吉氏は「メインフレームは以前から互換性を重視してきたため、大きな変更なく運用できる一方で、アプリケーション開発スタイルや運用が変わらないことが複雑化やメインフレーム特有の高度な専門性を要する要因になっている」と指摘。ブラックボックス化したアプリケーションに対して欠けている情報を補完する生成AIの特性が、メインフレーム環境と特に相性が良いことを強調した。
セキュリティ面では、AIによるアクセスパターン分析で不審なアクティビティを検知する機能や、大量データの機密度を自動判別してタグ付けするコンプライアンス対応の簡素化機能に加え、NISTの最新耐量子暗号アルゴリズムを搭載していることで「元々強固なメインフレームのセキュリティがさらに強化されている」と強調した。