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アナリティクスの巨人SASが捉えるIoTの現在地と成功への展望

 IoTが注目されるようになって数年、だがIoTデバイスの実装、データ収集・解析などシステムは必要で、運用側の参加も求められる。投資効果が分かりにくいこともあり、離陸はゆっくりだ。アナリティクス大手のSAS Institute(以下、SAS)は、それまで産業別に進めてきた取り組みを結集してIoT部門を設立、成果のあるIoTプロジェクトを手がけてきた。SASでIoT担当バイスプレジデントを務めるジェイソン・マン(Jason Mann)氏と日本でIoTソリューショングループを率いる松園和久氏に話をうかがった。

世界をリードするアナリティクスの強みを活かしIoT市場へ挑む

SAS Institute IoT担当バイスプレジデント ジェイソン・マン氏
SAS Institute IoT担当バイスプレジデント ジェイソン・マン氏

 「IoTはコンセプトとしては新しいものではありません」ーーマン氏はそう切り出す。産業エンジニアとしてメーカーに勤務した後、その専門知識を評価されて16年前にSASに入社、SASでは産業別ポートフォリオを構築してきた。製造から公益事業、石油ガス、小売、ヘルスケアとライフサイエンスと責任範囲を拡大してきたところ、IoTがブームに。だが、製造ではセンサーからのデータを利用して機器の効率化を図ったり、プロセスを改善するというのは以前からあったアイディアだと述べる。

 3~5年前にIoTという言葉がトレンドとなり、ドイツの“インダストリー4.0”など政府のプッシュも注目を集めた。そこでSASは得意とするアナリティクスの観点からIoT市場に取り組むことにした。2年間の準備の後、2018年1月に正式に部門を立ち上げた。

 目標は、「市場でSASが確立しているポジション、既存のソリューションを活用して、市場に変化をもたらすこと」とマン氏は説明する。そのため、IoT事業部では、次の3つにフォーカスして展開しているという。

  1. SASが培ってきたアナリティクスの知見を提供する
  2. エコシステムの構築と活用
  3. チャネル支援

 複雑なIoT市場に挑むに当たってSASのIoT部門は他の部門とは異なり、研究開発、プロダクトマーケティング、プロダクトマネジメント、パートナー向けマーケテイング、技術の提供、プリセールス支援、事業開発などの機能を持つ。例えば研究開発には、新しいアルゴリズム開発に取り組む選任のデータサイエンティストがおり、センサーからのデータを収集するデータストリーミングの技術開発などが進んでいるとのことだ。

 「SASには世界リードするアナリティクス技術があり、顧客にきちんとした成果を届けられます」とマン氏。ネットワーク、設備や装置、エッジとネットワーク機器、ドメイン知識と経験、様々な場所へのソフトウェアのインストールや配置、コンポーネントなどエコシステムを構築し、分散環境で深く・広いSASのアナリティクス技術を活用できるようにしていく。IoTではビジネスモデルの変革が必要となることも多いが、チャネルのサービス化モデルへの変革も支援する。このように、技術からビジネス面までフルでサポートするというのがSASのアプローチだ。

 製品面では、IoTデータの加工などを行うETL、ストリーミング実行エンジン、高度なアナリティクスや機械学習技術などの特徴を備えた「SAS Analytics for IoT」、そしてSASのAIプラットフォーム「SAS Viya」が中心となる。ストリーミング実行エンジンは、「SAS Event Stream Processing(ESP)」として単体でも提供している。IoTの分散環境にフィットするよう、拡張性、組み込み可能、エッジ対応などの特徴を備える重要な技術だ。

大気・水と交通を改善:中国無錫市のスマートシティ

 IoTプロジェクトにはどのようなものがあるのか? マン氏は中国南部にある無錫市のスマートシティプロジェクトを紹介した。

 無錫市は”High-Tech Zone”としてハイテク地域を設けており、SASは2017年頃から同市のIoTのパイロット展開で技術を提供している。無錫市が目指すのは、インテリジェントかつグリーンなエコシステムと経済発展。市内数千か所に分散して設置したセンサーからのデータを活用して、大気汚染、水質、人の動きといったデータを集めて、市が目標とする大気や水質のレベルを満たしているかを測定する。

 データを活用して交通を管理するなどのことができる、とマン氏は説明する。製品は「SAS Analytics for IoT」を採用し、IoTデバイス、ネットワーク、アプリケーションとデータを解析して、意味のある洞察を得ているとのことだ。

 この一環として、SASはデータの収集と解析、そしてIoT技術を展示し、製造、公益事業、輸送などの導入を促進する「SAS Wuxi IoT Innovation Center」を共同で立ち上げている。マン氏によると無錫市は、既存のプロジェクトの成功を次の投資に回す”セルフファンディングモデル”をとることで、適用範囲を拡大させているとした。

 無錫市ハイテク地域のスマートシティプロジェクトが評価されたことで、SASは中国政府の投資プロジェクト支援にも関わっているという。ここでは、中国政府が投資企業の成功やリスクを分析するために、無錫市と同じようなIoTインフラを使って人の移動、建物の水や電気の使用量、トラックや輸送状況を見ているとのことだ。

 この他、スマートシティではSASの本拠地があるノースカロライナ州ケーリーが水道メーターで採用した事例がある。また、ボストンのパブリックスクールでのスクールバスの運行効率化もあり、欧州では自転車のシェアリングプロジェクトで在庫状況の予測などが始まっているという。

製造を中心にクローズドなIoTが先行する日本

 日本でのIoTは、製造業が先行しているようだ。日本の状況について説明した松園氏によると、「2016年頃から製造業での活用例が増えており、製造工程の品質改善、整備保全で使われています」という。

SAS Institute Japan グループマネージャー ソリューション統括本部 IoTソリューショングループ 松園和久
SAS Institute Japan グループマネージャー
ソリューション統括本部 IoTソリューショングループ 松園和久氏

 例えばブリヂストンではSAS Analytics for IoTを使って設計データ、材料加工に関するデータ、タイヤの生産工程で得られるデータなどを学習し、製造プロセスの改善に役立てているそうだ。「導入前に比べると、NG率が大きく減少、製造品質が大幅改善したという声をいただいている」と松園氏。コニカミノルタジャパンでは、アフターサポートの顧客満足度の改善を目的に導入した。出力枚数予測に基づくトナーなどの部品交換の最適化などにより、顧客の元に置く予備を最適なタイミングで配送できるようになるなど、すでに成果が出ているという。

 これらは工場や一企業の特定のサービスといった、ある特定の範囲に限定した「クローズド」なIoTだが、それには理由もある。「企業間や公共の場でのスムーズなデータの交換ややり取りができる環境の構築が途上」(松園氏)であるからだ。そのための標準や規制ができれば、1社の枠を超えたつながりや連携が可能になっていくだろうと予想する。

 「日本におけるIoTは段階を経て進んできています。センサーでデータを収集し、その後PoC(概念実証)でROI(投資対効果)を確認して、フィジビリティスタディを行い、どのような機械学習や深層学習技術が必要かを見る。現在、このフィジビリティスタディを、次はいかに実装するかに関心が高まってきたことを感じます」(松園氏)。本番環境で動かすための仕組みの構想に入りつある、とまとめる。

 このような産業向けIoTだけでなく、松園氏によると、このところスマートシティに近い、コンシューマー向けのIoTの実証実験の機会も増えているという。SASジャパンとしてもこの分野を強化していく狙いだ。

アナリティクスの深さと幅が強み

 マン氏は、IoTにおけるSASの強みを、「アナリティクス技術の深さと幅」という。

 例えばオープンソースの物体検出技術であるTiny YOLOを使い、データサイエンティストに調整をしてもらうことで、動画データを認識できる。例えば、保安なら作業現場のスタッフがヘルメットを着用しているか、石膏ボードを製造する製造現場ならボードの流れでエラーが発生していないか、などだ。

 しかし、「実際の作業環境に展開するかどうかを念頭に置いて考えると、それでは不十分です」とマン氏。製造現場の例なら、Tiny YOLOにプラスして、SASが適切な深層学習モデルを加えてTiny YOLOで発生するエラーを修正するなどのことが可能になるという。

 これにより、顧客は現場でエラーが起きていないかを検出できるだけでなく、ボードがきちんと流れているか、速度はどうか、感覚は適切かなどの情報を得て、パラメーターの調整が可能になる。つまり、現場で実際に使えるシステムを構築できるというわけだ。「SASは、幅広く、奥深いアナリティクス技術を備えており、適切な技術を適用することでさらに拡張できます」とマン氏は強調する。これは重要な差別化だという。

 IDCでは2020年までに204億台のIoTデバイスがデータを生成し、IoTアナリティクス市場が230億ドル以上になると見込んでいる。SASはこのような市場のニーズを受け、今後データの種類と分析オプションの拡大、実装オプションの拡大を図っていく。例えば振動、音声、オブジェクトの回転などが検出できるようになると、収集できるデータはさらに増える。実装オプションでは、エッジ、クラウド、オンサイトと顧客のニーズに合わせて選択できるようにしていく。

 最終的には、ソリューションの使い勝手を改善し、「市民データサイエンティストなどコンシューマーレベルでも使えるようにしていきたい」とマン氏は展望した。

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