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経験経済時代のAIテクノロジー ミン・スン

ヘルスケアから介護、福祉の領域へ拡がるAIの可能性

経験経済の時代のAIテクノロジー Vol.3

 Appier社のチーフAIサイエンティストであるミン・スン氏が「経験経済」という視点でテクノロジーとビジネスを解説する本連載。今回の寄稿では、日本で注目が高まっている健康リスクの軽減や健康の増進に向けたヘルスケアおよび介護福祉へのテクノロジーの応用について説明します。

 前回までの寄稿では、新型コロナウイルスという世界を脅かす感染症の克服に向け、どのようにテクノロジーが活用されているのか、また今後新たな感染症が出現した際に、どのようにテクノロジーを活用していくべきなのかを論じてきました。しかし、新型コロナウイルスを始めとする感染症は、世界で懸念されている数多くの健康リスクのひとつであり、他にも多種多様な健康リスクが存在しています。

 日本は、世界一の超高齢社会であり、少ない生産人口で高齢者を支えていかなければならない状況にあります。そのため、多種多様な健康リスクをいかに軽減し、健康寿命をいかに延ばしていくのかという課題に対する注目が集まっています。今回の寄稿では、日本で注目が高まっている健康リスクの軽減や健康の増進に向けたヘルスケアおよび介護福祉へのテクノロジーの応用についてまとめていきます。

 まず、健康リスクの軽減や健康の増進に向けたヘルスケアに関する考察をまとめていきます。ヘルスケアとは、健康を維持するための単純な取り組みではなく、病気の予防から病気にかかった際の治療など、「予防」「発見」「治療」「観察」の四段階の階層から考えていきます。

病気予防のAI

 第一段階は、病気の予防です。多くの人が、さまざまな情報源をもとに、糖尿病やがんといった生活習慣病の予防に向けた取り組みを多かれ少なかれ実施していると思います。ですが、人々の意識には個人差があり、実際に意識していても、結果的には予防につながるほどの効果的な取り組みができていないことがあります。

 そのため、より正確に病気を予防するためにはひとりひとりの取り組みを定量的に計測し可視化していくことが必要になります。そこで、大きな力を発揮するのがAIによるデータの分析です。

 病気の予防にAIを用いることは、実際の取り組みを数値としてデータ化するだけでなく、インターネット上に無数に存在している恣意的な努力目標ではなく、医学的根拠に基づいた予防基準をもとにした正確な目標数値の設定も可能にします。

 多くの生活習慣病では発症のリスク因子の解明が進んでおり、食事の摂取量の目安や睡眠時間の目安、運動量の目安などが明確に示されています。

 個人ですべてを管理しようとすると、各食品に含まれている栄養価や運動の種類ごとの消費カロリーなどを個別に調べて記録した上で、自分自身の適正値との比較をおこなう必要があり、膨大な知識と労力を要するため、効果不明の大雑把な予防となってしまう事態につながります。しかし、AIを用いた場合、事前に食事や睡眠、運動などに関するデータと予防の対象となる病気群のリスク因子を集めたデータベースを用意することで、病気予防の取り組みに関する各個人の適正値や実際に予防に取り組んだ際のリスク軽減効果を示すことが可能になります。

 病気予防へのAIの活用が社会に普及していくことは、個人の健康増進に大きな効果をもたらすだけでなく、既存ビジネスに対しても大きな影響を与える可能性があります。

 たとえば東芝と東芝デジタルソリューションズは、健康診断の結果から6年先の生活習慣病リスクを予測する「疾病リスク予測AIサービス」を発表しました。これは東芝グループがSOMPOホールディングスと共同開発したものです。

 また、観光業においても、AI活用により、病気予防を目的に個人に合わせた食事内容やアクティビティプログラムを構築するサービスの出現が考えられます。

 現状では、パッケージ化されている旅行に参加した場合、参加者全員が同じ食事内容で同じアクティビティを実施することが普通です。ですが、インターネットの普及により、交通手段や宿泊先、旅先でのアクティビティなどの予約が誰でも簡単にできるようになり、旅行代理店によるパッケージ販売の売上は落ち込んでいます。しかし、個人のニーズに合わせたオーダーメイドの旅行プランが提供できるようになれば、付加価値として、顧客の囲い込みが可能になります。本来、オーダーメイドのパッケージを提供するには人手や時間が必要でしたが、旅行というドメインに特化したAIアルゴリズムを開発してしまえば、短時間で自動にパーソナライズされたパッケージを構築できるはずです。これについては、ヘルスツーリズム(Health Tourism)についての考察が発表され、またAIによる旅行パッケージ作成も出てきています。

 このように、ヘルスケアの一部である「予防」という分野に絞ったとしても、AIを活用することで、個人だけでなくビジネスも含めた社会へのインパクトを広げることができるのです。

病気発見のAI

 ヘルスケアにおける病気予防の次の段階は、病気の発見です。病気の発見に関しては、コンピュータビジョンの技術を用いて、X線画像などを分析する手法の研究が進んでおり、さまざまな研究機関が医師を超える診断精度を誇るAIの開発に成功したという研究成果を報告しています。

 そのため、社会実装も近いのではないかと考えてしまうかもしれませんが、社会実装への道のりはまだまだ長いというのが現状です。その理由として挙げられるのが汎用性の低さと忌避感です。現在、人を超える診断精度を達成しているAIはそのほとんどが特定の病気のうち、1パターンのみを抽出し、分析したものです。

 しかし、実際の医師は、症状や患部の写真などの情報をもとに、膨大な数の病気の中から答えを導き出す作業をしているわけです。そのため、特定の病気に対してだけ高い診断精度を誇るAIは、最終判断の参考情報にはなれども、完全な答えを導き出せているとは言えません。

 また、現時点では、AIが誤った診断をしてしまった際の責任の所在は明確化されていないことや、診断結果に関する説明ができないことなどが理由となり、絶対的に信用が足りていません。
上記の汎用性と、忌避感の高さが課題として残っている状態では、さすがに社会実装に踏み切ることは難しいといわざるをえません。

 今後、ひとつの臓器に絞ったかたちで複数の病気を発見できるようになった際には、ヘルスケア領域におけるAI活用のパラダイムシフトが起こるかもしれません。

次のページ
病気治療と経過観察のAI

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ミン・スン(ミン・スン)

Appier Japan株式会社 チーフAIサイエンティスト 2005年からGoogle Brainの共同設立者の一人であるAndrew Ng(アンドリュー・エン)氏、元Google CloudのチーフサイエンティストであるFei-fei Li(フェイフェイ・リー)氏などのプロジェクトに携わり、AAAI(アメリカ人...

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