デジタルテクノロジが当たり前の世代、デジタルネイティブ、デジタルイミグラント世代には、この基幹系システムという言葉は死語かもしれません。しかし、今なお日本のIT業界やIT部門には深く根づいているのがこの基幹系システムという考えです。業種や企業サイズなどによって違いはあるので、これは一般的な話として、です。
昨今のみずほ銀行の問題を見ても、銀行のシステムや交通網を制御するようなシステムは、止まると社会的に大きな影響を与えるので基幹系システムだとは思います。ちなみに、基幹系システムに対比されるのが、ご存知のように“情報系システム”です。現在は、トランザクション処理を実施するシステムがSystems Of Records、顧客とやりとりしたりするシステムをSystems of Engagementとも呼びます。
ガートナー社の「ガートナー、日本企業のデジタル化は加速しているが、世界のトレンド・ラインより約2年の後れを取っている、との見解を発表」[※1]の結果が面白かったので、ここに共有します。日本の現状をよく表していると思います。
テクノロジ投資の動向について、日本企業のCIOと世界のCIOには明らかな違いが見られます。1つ目は、日本企業のCIOは「基幹システムの改良/刷新への投資を重視している」点です。日本企業のCIOの59%が投資を増やすと回答しているのに対し、世界での割合はわずか36%であり、10%は削減すると回答しています。2つ目の違いは、「ビジネス・インテリジェンス/データ・アナリティクス」への投資です。世界の企業のCIOの58%は同領域への投資を増やし、投資増加領域として第2位となっている一方、日本企業のCIOはわずか48%しか同領域への投資を増やさず、投資増加領域として第5位にとどまっています。」
これは、何が課題なのでしょうか? ダニエル・ピンクの名作『モチベーション 3.0』(講談社)によると、誰もが同じ仕事をしていた産業革命時代とは異なり、現在の仕事はアルゴリズムとヒューリスティックの仕事に別れます。アルゴリズムは、コンピュータの処理と同じで、同じ仕事を繰り返し行います。ヒューリスティックは、色々な試行を通じて、最適な解を探していく仕事です。新しい仕事の7割はヒューリスティックな仕事と言われています。これを読まれている方の大半もそうなのではないでしょうか。要するに基幹業務という名のトランザクション処理はアルゴリズムであり、仕事の大半を占めるヒューリスティックは仕事のサポートが疎かになっているということなのです。
以前、酔っ払った席で、某大手コンピュータメディアの記者の方に、「日本のITをあかんようにした2つの責任が、インフルエンサーとしてのあんたらにあるで(京都生まれですから)」と絡んだことがあります。1つは基幹系システム、情報系システムという言葉を作ったこと、もう1つはまたいずれ機会があれば述べたいと思います。なお、酔っ払って絡んだことは、もう時効なので許してください。
IT用語辞書『e-Words』のサイトでは、「基幹系システムとは、企業の情報システムのうち、業務内容と直接に関わる販売や在庫管理、財務などを扱うもの。あるいは、単に、業務やサービスの中核となる重要なシステム」となっています。なるほど、なるほど。では、基幹のもともとの意味を調べてみると、国語辞書『goo辞書』では、「物事のおおもと、中心となるもの」で、他の辞書で調べても大体同じです。
英語では、Mission-Critical Systemといわれるのでしょうね。ただ、英語の『Wikipedia』をみると「Mission-critical system — a system whose failure may result in the failure of some goal-directed activity(システムが障害を起こすことによって、ゴールにつながる活動に支障をきたすシステム)」と言っています。ちょっと意味が違います。むしろ、Business-Critical Systemなのでしょうか。
“中心”としてのシステムとしては納得感がありますが、基幹系システム=最も重要なシステムとして扱われてきたのがいまだにそのような傾向があることに、私の違和感があります。その証拠に、今でも「基幹システムにクラウド導入」とか平気でいわれています。「とても重要なシステムが新しいクラウドの上で動いたんだよ。びっくり」と言っているのです。
販売や在庫管理、財務はもちろん大事で、コンピュータ黎明期の当時は、コンピュータでこれらの業務を効率化することが主目的でした。しかし、長い経験の蓄積とITの進化によって、多くの業種において基幹系システムが”当たり前”システムになっている昨今、もう基幹系システムという言葉は不要かと思います。基幹系システムといわなくても、なんとかシステムと明確にそれぞれを言えばいいかと思います。
随分前に、私がMicrosoftに勤めてSQL Serverのマーケティングを担当しているとき、Microsoftが初めて自社のWindows NT/SQL Server上で某社のERPを販売、財務などの管理のために導入しました。1990年の後半でした。当時、自分たちの製品で数万人の社員の基幹系システムが稼動するのかと興奮したものです。
しかし、MicrosoftのIT部門はこれで手をゆるめませんでした。上記の基幹の意味のごとく、ERPを中心に、曼荼羅のようにERPと連携する様々なシステムを作り上げていったのです。私の感覚では、当時日本の多くの企業はERPを導入することが目的になって、導入すると疲弊する傾向があったように思います。一方、欧米の会社はERPが始まりなんだ、と強く印象に残りました。ERPをさくっと導入して、その他の情報系システムを含むシステムを厚くして、ビジネス、特に競争優位性の獲得に貢献する、そんなイメージです。
この話ひとつをとってみても、従来定義の基幹系と情報系、どちらか大事がという問題ではなく、“全体設計をどうするか”が重要だと言えます。何が競争優位を生むか、そのためのデータのフローをどう設計するかが大事なのではないかと考えます。
その中で問題は、IT投資のプライオリティです。IT予算が限られる中、現在の”当たり前”システムのメンテナンスに予算が割かれ、業績や景気に依存し、情報でビジネスに付加価値を加える情報系システムの重要度が落ちていることが頻繁におきます。実際、私が過去携わってきた情報系システムのビジネスを見てみると、大きく景気に左右されてきました。景気が悪くなると、そんなところに投資はできないと予算が絞られるのです。GDPとの情報系システムのビジネスの相関分析をしたら、相関係数はものすごく高い数字でした。欧米では、そのような優先付けはしないと思います。
ただ、日本も状況は変わりつつあります。クラウドとビッグデータ/AIが環境を変えているのだと私は確信します。クラウドによって、システムを構築するから、サービスとして買うということが可能になりました。フロントオフィス部門のニーズに応じて、今までより簡単に、サービスとして購入できます。また、ビッグデータによって、情報系システムの価値が見直されています。前述の相関関係もこの数年で崩れつつあります。そして、ERPも進化しており、共通プラットフォーム上で業務ごとのモジュールが連携して、可視化機能も標準で搭載されてきています。昔の定義の基幹系システムと情報系システムが融合していきています。
ビジネスをデジタルで変革するDXの重要と言われる昨今、IT投資の姿はどうあるべきでしょうか。ビジネスの目的から基幹系を考える必要があると思う次第です。
[※1] https://www.gartner.co.jp/ja/newsroom/press-releases/pr-20210201