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北川裕康のエンタープライズIT意見帳

ラグビーから考えるポジショニングフレームワーク


 33年以上にわたりB2BのITビジネスにかかわり、現在はクラウドERPベンダーのインフォア(Infor)のマーケティング本部長の北川裕康氏が本音と洞察で業界動向を掘る連載。今回はラグビーから学ぶポジショニングについて考えます。

 私は、プレーの経験がないのですが、大のラグビーファンです。なくなってしまって残念ですが、スーパーラグビーのサンウルブズのボランディアにも参加していました。SAS Instituteの社員時代には、ニュージーランド代表のオールブラックスでSASの視覚ツールが使われていたので、ニュージーランドラグビー協会所属のデータサイエンティストに日本で講演してもらったこともあります。その時、オールブラックスの公式シャツをもらい、今でも家宝にしています。

 私の好きなラグビー選手は、元ニュージーランド代表で神戸製鋼でもプレーされていたダン・カーター選手と、スコットランド元代表でNTTコムにて現在プレーされているグレイグ・レイドロー選手です。どちらも日本でも、お馴染みの選手ですね。そして、共通するのは、両名ともポジショニングが神的にうまいことです。カーター選手を秩父宮ラグビー場で観戦した時、カーター選手は、いつも“ここしかない”という場所にスルスルと移動して、ボールを受け取り、そして、素早く的確なノールックパスを供給していました。経験と天性の予測力なのですかね。毎回、そうなのです。その繰り返しで、試合を組み立ていきます。その年、神戸製鋼は久しぶりのリーグ制覇を成し遂げました。私も、先読みして、必要な位置で待っていて、的確な活動を実施して、会社をリードできるような仕事人に成りたいと、いつも思うのです。

 このポジショニング、少し意味が異なるかも知れませんが、企業の製品・サービスの開発においても重要になります。製品・サービスのポジショニングとは、どのターゲット顧客に、どのような価値訴求をして、競合他社ではなく、自社のものを買っていただくかという枠組みになります。市場での製品やサービスの位置づけを考えるためです。これを知ったのは、マイクロソフトでプロダクトマネージャーを担当していた時で、わざわざケロッグ経営大学院のマーケティングの世界で有名な教授が日本に来日して、マイクロソフトと共同開発したポジショニングフレームワークの講義をしてくれました。

 そのコンセプトはテコの理論でした。ターゲットとなる顧客をテコの中心におき、製品やサービスが提供する価値のテコの一方に、これを買う・導入する際に生じるコストやリスクをもう一方におきます。価値がコストなどより大きければ、オーディエンスが買う方にテコが傾くというものでした。その価値で大切なのは、競合を特定して、競合にない特長を明確にして、かつ、第3者によって、証明されなければいけないというものでした。説明するときには、製品・サービスの機能を羅列することが多いと思いますが、決定的に他社と違うことを打ち出さす必要があります。また、一方的に説明しても、それは自慢話でしかなく、顧客には響きません。社外にある事実で、それを証明する必要があるということです。

 ポジショニングフレームワークの作りかたを、少し詳しくみていきましょう。

 まずは、起点となくターゲットです。そのような顧客が買ってくれるか、意思決定に参加するかで、性別、年齢、居住地域、収入、職業、学歴など、その人のもつ人口統計学的属性のデモグラフィック、購買者の習慣、趣味、嗜好、価値観などのサイコグラフィックなどで、決めていきます。一般的なのは、ペルソナを作りターゲットを擬人化して、どのような行動をするかまで想定します。例えば、年齢は40代の男性で結婚しており、朝は必ず日経新聞を読み、新しいことが好き、ワークワイフバランスを大事にして夜は家族と過ごすなどです。

 そして、差別化のために、競合製品やサービスを特定して、分析をしておきます。差別化がなければ、ブランド力なく、コモディティの安売り商品になります。

 さらに、ターゲットが製品やサービスを使うシナリオを考えていきます。例えば、製品が持つダッシュボードの機能を使って、在庫の予測分析を行い、在庫量を最適化するなどです。そして、そのシナリオごとに、競合はどこで、どの点で差別化できるかを記載していきます。それを使うリスクや費用があれば、明記します。そして、差別化ポイントをどう証明するかも記載します。この証明で代表的なのは、事例の紹介や、インフルエンサーの声、調査会社による市場調査の結果になります。これを、想定する全てのシナリオで行います。

 全体ができたら、それを包括するメッセージを作ります。1行、3行、5行で表現できるそれぞれの文書を作り上げるのです。ここで私がやるのは、名詞の製品やサービス名をマスクして、文書を読むことで、その製品やサービスが想起できるかで、出来映えを確認します。皆様も自社の会社のブランドメッセージでぜひテストしてみてください。以前、連載して、同様なことを記載して、その連載元のメディア企業のメッセージを評価しようとしたら、当時の編集長に担当記者が私の代わりにこっぴどく怒られた思い出があります。そうです、今ひとつだったのです。それは、親切心だったのですが。。。

 デジタルの時代、このメッセージを基盤に作るキャッチコピーやヘッドラインが、とても大事になります。昔のように雑誌を斜め読みして広告や記事を拾ってもらう時代は終わり、キャッチコピーとコミュニティの評価でコンテンツに行くか判断されるからです。

 お気づきだと思うのですが、競合にはない差別化と、どのように証明するかが、ポジショニングのポイントであり、厄介なところです。証明なんかできないと嘆かれるかも知れませんが、外部に調査を依頼する、お値引きによって顧客に事例をお願いするなど、計画的に証明を作り出して行く必要があります。高校の頃、バスケットボール部に所属していましたが、その時の顧問の先生に、「パスはもらいに行け」とよく指導されました。パスは実は待っていても来ないので、ポジショニングを考えてもらいにいく必要があります。こう言った調査などの証明も、その製品やサービスで作りあげていくのです。ここでも、ポジショニングです。

 多くのグローバル企業では、営業とマーケティングで、このポジショニングフレームワークを活用して、一貫したメッセージを、販売およびマーケティングの複数のチャネルを介しても出していきます。それもとても効果的ですが、マイクロソフトの凄いところは製品開発の時点でこれをやっていたことです。作ったポジショニングのそのコンセプトで製品を開発して、終われば営業、マーケティングに引き継がれていきます。最初から差別化をもった製品が作れるということです。作ったものと、売る時のメッセージがズレると、差別化も曖昧になるものです。ここでの私の苦い経験は、マイクロソフトがSmall Business向けのサーバーソフトウェアを売り出した時です。当時、まだまだ日本ではオフコンが多く使用されており、本来ならばコミュニケーション用のサーバーなのに、オフコンの代替機のアプリケーションサーバーと日本でポジショニングてしてしまい、悲惨な販売結果を体験しました。断言しますが、製品が出来てから差別化は作れません。

 前の記事で書いたSWOT分析もそうなのですが、このポジショニングフレームは、個人のキャリアを考える時にも有効です。自分を商品としてポジショニングフレームを作ってみて、将来の“パス”を取りに行くのです。ぜひ、やってみてください。

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この記事の著者

北川裕康(キタガワヒロヤス)

35年以上にわたり B2BのITビジネスにかかわり、マイクロソフト、シスコシステムズ、SAS Institute、Workday、Inforなどのグローバル企業で、マーケティング、戦略&オペレーションなどで執行役員などの要職を歴任。現職は、クラウドERPベンダーのIFSでマーケティングディレクター。...

※プロフィールは、執筆時点、または直近の記事の寄稿時点での内容です

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