IT業界の歴史は、言葉は変わるが根底のテーマは同じ
押久保剛(以下、押久保):本日は、日本IBMで社長補佐や理事として複数の事業責任者を歴任し、ソフトバンク・コマースの代表取締役社長を経て、米セールスフォース・ドットコム社の上席副社長、日本法人である株式会社セールスフォース・ドットコムの代表取締役社長を経験された宇陀栄次さんと、ジャパン・クラウドの福田康隆さん、そして私の鼎談です。
宇陀さんは、セールスフォースの日本事業の中で、日本郵政民営化、エコポイント制度、トヨタ自動車との提携、その他、原発賠償などの政府からの緊急要請の案件など、日本IT業界におけるエポック的なプロジェクトと、市場へのクラウドの浸透に貢献してきました。福田さんとは、当時の上司と部下の関係でもありますね。
宇陀栄次氏(以下、宇陀氏):現在は、ユニファイド・サービスとYextの日本法人の会長兼CEOをしています。エネ庁のFIT(太陽光発電)のシステムの受託や電力小売の自由化の料金計算のシステムや、在宅医療向けなど、必要なサービスをクラウドで実現する「インダストリー クラウド」で社会課題を解決することを目指しています。
福田康隆氏(以下、福田氏):この企画ではこれまでDXに対する取り組みをテーマにしてきましたが、IT業界の中ではこれまでも言葉を変えつつ、長年同じようなテーマに取り組んできた歴史があります。
振り返ると、宇陀さんと私はセールスフォースに同じ年(2004年)に入社しましたが、当時は一般的ではなかったクラウドを世の中に普及させていく中で、DXが直面しているのと同じようなチャレンジがあったと思います。特に宇陀さんが大手企業や官公庁のように、新しいものに対してハードルが高いお客様へどのように普及させていったのか。その経験をお話しいただくことで読者の皆さんのヒントになると思い今回の鼎談に至りました。今日はお話を伺えるのを楽しみにしています。
95年を契機にITはコンシューマーテクノロジーの発展で劇的変化
宇陀氏:2004年に株式会社セールスフォース・ドットコムの社長に就任した際に、当時の社員たちに「この会社をどんな会社にしたい?」と聞いたら、「電話で社名を伝えたら、一度でわかってもらえる会社になりたいです」という返事をもらいました。「なんで?」と返すと「セールスフォースというと何度も聞き返されて、ホースは要らない、馬は要らないとか、西武スポーツさん?と聞き返されて大変なんです」という話でした(笑)。
私は全体会議(当時従業員は30名ほど)の際に、「いずれはドコモのような会社になる。一家に一台の電話が一人一台に変わったように」と話をしていました。「この人なに夢みたいなこと言ってんだろう」という反応でしたが。結果として、今セールスフォースは時価総額で25兆円近くになっています。
この30年のIT産業の変化の中で、大きな転換点は1995年のWindows 95だと思います。それまでITといえば、富士通、日立、IBM、HPといった企業名がまず浮かび、大手企業が利用するBtoBの世界でしたが、95年をきっかけに技術、人材、投資がBtoCに大きくシフトしました。
押久保:95年はAmazon.comの創業した年でもありますね。
宇陀氏:今のGAFAM(Google、Amazon、Facebook、Apple、Microsoft)の時代は、この95年から始まったと思います。インターネットが普及しはじめ、非常に多くの人がIT産業に参加し、成功できる世界に変わってきました。
押久保:一般消費者向けの技術の進歩が加速したわけですね。
宇陀氏:消費者向けのITサービスは、飛躍的に増え、かつ機能もどんどん高度化していく時代です。アメリカでは、90歳を超えたおばあさんが、スマートフォンやGPS、VRなどのテクノロジーを使いこなしています。一方で、ビジネス向けのITサービスはそれより遥かに遅いペースで変化をしています。
押久保:確かに会社のOSやソフトウェアのバージョンが、古いままで使えないという話が以前はよくありましたね。
宇陀氏:個人が何か新しいものを利用する際は、トラブルがあっても自己責任で済みますが、企業のシステムは社会問題になったり、場合によっては社長が謝罪会見、などのリスクまで発展します。従ってIT部門の方々は、最近の技術革新はすでにわかっていますが、責任を取れないのでイノベーションや新しい技術、サービスの活用にすぐには着手できないのだと思います。
一方で、経営者の中には、ITのことは分からないとおっしゃる方がいます。経営資源は、人、モノ、金、情報と言われる中で、人の使い方が分からない、金の使い方がわからないという経営者はいません。それと同様に情報(IT)の使い方がわからないとは言えないと思います。どう情報を活用し、そのためにどういう道具(IT)を活用するのかは、普通に理解できるはずです。
もし、理解が難しいようであればIT企業側が難しく伝えて煙に巻いているのかも知れませんね。経営者ご自身がITに対する見識を深めて、リーダーシップをもつ必要があるのではと思います。
福田氏:ひと昔前は企業向けと個人向けのシステムは別物という考え方が当たり前で、両者の間には大きな隔たりがありました。モバイル、ソーシャルが普及し始めた10年くらい前から少しずつ変化が起き始めて、今ではコンシューマーで使われているテクノロジーが、そのまま企業向けに活用されるのは当たり前の流れになってきました。
その点でセールスフォースは創業当時「Amazonで本を買うのと同じくらい簡単に顧客管理ができる」というキャッチフレーズでした。「コンシューマー向けの使いやすいUIを企業向けシステムにも」という考え方ですが、当時は理解を得るのが難しかったですね。
宇陀氏:もう、5年前ぐらいになりますが、慶應義塾大学の村井学部長(現名誉教授)にSFCでの講演を依頼されました。私を紹介する時に「顧客や営業の情報を外部システムに預けるなんて、日本では絶対にありえないと思っていた。それをクラウドとして広めた人です」とご紹介いただきました。
クラウドは、最初は相当懐疑的に見られていましたが、私はそうは思わなかった。10万円ぐらいなら家に保管するでしょうが、高額になったら銀行に預けるでしょう。株券もしかりです。
旅行に行ってもホテルや旅館に泊まり、タクシーや公共交通機関を利用します。所有ではなく利用なのです。情報も貴重なものは預けた方が安心です。なぜ、ITだけは自前のものしかダメなんでしょうか? と随分前からそう思ってました。
96年当時、私は日本IBMで社長補佐でしたが、その時のタスクで企業のシステムは、将来アプリケーションごとにアウトソースされていくと提言していました。まさに今のクラウドやSaaSの考え方です。そして、99年にセールスフォースが生まれました。
[※1]The IMD World Digital Competitiveness Ranking 2020 results