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日本にクラウドを広めた男が、日本のITへ思うこと 宇陀栄次×福田康隆のIT業界「過去・現在・未来」

  2021/07/06 09:00

 スイスの国際経営開発研究所(IMD)が発表した世界デジタル競争力ランキング[※1]で、日本は対象の63の国・地域中「知識部門のビッグデータ活用」「将来への準備度部門のデジタル人材のグローバル化」「企業の変化迅速性」で最下位となってしまった。なぜ日本はデジタル競争力が落ちていったのか? 日本IBM、Softbankなどを経て2004年4月にセールスフォース・ドットコム日本法人の代表取締役社長に就任し、その後10年に渡り同社の日本事業を牽引した宇陀栄次氏と、セールスフォース時代に宇陀氏と上司、部下の関係だったジャパン・クラウドの福田康隆氏の対談を通じて、ITのこれまでをふりかえり、これからを考える。

IT業界の歴史は、言葉は変わるが根底のテーマは同じ

福田康隆氏(写真左)と宇陀栄次氏。鼎談は宇陀氏の軽井沢の別荘で行われた。宇陀氏が所有する前は、歌舞伎役者の屋号のひとつで、市川猿之助などが使用していた沢瀉(おもだか)屋が所有していた土地で、本写真は敷地内にある歌舞伎役者の稽古場

福田康隆氏(写真左)と宇陀栄次氏(写真右)。鼎談は宇陀氏の軽井沢の別荘で行われた。
宇陀氏が所有する別荘は、歌舞伎の三代目市川猿之助が所有していた
別荘を息子の香川照之氏から買ったもの。
本写真は敷地内にある歌舞伎役者たちの稽古場で撮影

押久保剛(以下、押久保):本日は、日本IBMで社長補佐や理事として複数の事業責任者を歴任し、ソフトバンク・コマースの代表取締役社長を経て、米セールスフォース・ドットコム社の上席副社長、日本法人である株式会社セールスフォース・ドットコムの代表取締役社長を経験された宇陀栄次さんと、ジャパン・クラウドの福田康隆さん、そして私の鼎談です。

 宇陀さんは、セールスフォースの日本事業の中で、日本郵政民営化、エコポイント制度、トヨタ自動車との提携、その他、原発賠償などの政府からの緊急要請の案件など、日本IT業界におけるエポック的なプロジェクトと、市場へのクラウドの浸透に貢献してきました。福田さんとは、当時の上司と部下の関係でもありますね。

宇陀栄次氏(以下、宇陀氏)現在は、ユニファイド・サービスとYextの日本法人の会長兼CEOをしています。エネ庁のFIT(太陽光発電)のシステムの受託や電力小売の自由化の料金計算のシステムや、在宅医療向けなど、必要なサービスをクラウドで実現する「インダストリー クラウド」で社会課題を解決することを目指しています。

福田康隆氏(以下、福田氏):この企画ではこれまでDXに対する取り組みをテーマにしてきましたが、IT業界の中ではこれまでも言葉を変えつつ、長年同じようなテーマに取り組んできた歴史があります。

 振り返ると、宇陀さんと私はセールスフォースに同じ年(2004年)に入社しましたが、当時は一般的ではなかったクラウドを世の中に普及させていく中で、DXが直面しているのと同じようなチャレンジがあったと思います。特に宇陀さんが大手企業や官公庁のように、新しいものに対してハードルが高いお客様へどのように普及させていったのか。その経験をお話しいただくことで読者の皆さんのヒントになると思い今回の鼎談に至りました。今日はお話を伺えるのを楽しみにしています。

95年を契機にITはコンシューマーテクノロジーの発展で劇的変化

宇陀氏:2004年に株式会社セールスフォース・ドットコムの社長に就任した際に、当時の社員たちに「この会社をどんな会社にしたい?」と聞いたら、「電話で社名を伝えたら、一度でわかってもらえる会社になりたいです」という返事をもらいました。「なんで?」と返すと「セールスフォースというと何度も聞き返されて、ホースは要らない、馬は要らないとか、西武スポーツさん?と聞き返されて大変なんです」という話でした(笑)。

 私は全体会議(当時従業員は30名ほど)の際に、「いずれはドコモのような会社になる。一家に一台の電話が一人一台に変わったように」と話をしていました。「この人なに夢みたいなこと言ってんだろう」という反応でしたが。結果として、今セールスフォースは時価総額で25兆円近くになっています。

 この30年のIT産業の変化の中で、大きな転換点は1995年のWindows 95だと思います。それまでITといえば、富士通、日立、IBM、HPといった企業名がまず浮かび、大手企業が利用するBtoBの世界でしたが、95年をきっかけに技術、人材、投資がBtoCに大きくシフトしました。

押久保:95年はAmazon.comの創業した年でもありますね。

宇陀氏:今のGAFAM(Google、Amazon、Facebook、Apple、Microsoft)の時代は、この95年から始まったと思います。インターネットが普及しはじめ、非常に多くの人がIT産業に参加し、成功できる世界に変わってきました。

押久保:一般消費者向けの技術の進歩が加速したわけですね。

宇陀氏:消費者向けのITサービスは、飛躍的に増え、かつ機能もどんどん高度化していく時代です。アメリカでは、90歳を超えたおばあさんが、スマートフォンやGPS、VRなどのテクノロジーを使いこなしています。一方で、ビジネス向けのITサービスはそれより遥かに遅いペースで変化をしています。

押久保:確かに会社のOSやソフトウェアのバージョンが、古いままで使えないという話が以前はよくありましたね。

宇陀氏:個人が何か新しいものを利用する際は、トラブルがあっても自己責任で済みますが、企業のシステムは社会問題になったり、場合によっては社長が謝罪会見、などのリスクまで発展します。従ってIT部門の方々は、最近の技術革新はすでにわかっていますが、責任を取れないのでイノベーションや新しい技術、サービスの活用にすぐには着手できないのだと思います。

 一方で、経営者の中には、ITのことは分からないとおっしゃる方がいます。経営資源は、人、モノ、金、情報と言われる中で、人の使い方が分からない、金の使い方がわからないという経営者はいません。それと同様に情報(IT)の使い方がわからないとは言えないと思います。どう情報を活用し、そのためにどういう道具(IT)を活用するのかは、普通に理解できるはずです。

 もし、理解が難しいようであればIT企業側が難しく伝えて煙に巻いているのかも知れませんね。経営者ご自身がITに対する見識を深めて、リーダーシップをもつ必要があるのではと思います。

福田氏:ひと昔前は企業向けと個人向けのシステムは別物という考え方が当たり前で、両者の間には大きな隔たりがありました。モバイル、ソーシャルが普及し始めた10年くらい前から少しずつ変化が起き始めて、今ではコンシューマーで使われているテクノロジーが、そのまま企業向けに活用されるのは当たり前の流れになってきました。

 その点でセールスフォースは創業当時「Amazonで本を買うのと同じくらい簡単に顧客管理ができる」というキャッチフレーズでした。「コンシューマー向けの使いやすいUIを企業向けシステムにも」という考え方ですが、当時は理解を得るのが難しかったですね。

宇陀氏:もう、5年前ぐらいになりますが、慶應義塾大学の村井学部長(現名誉教授)にSFCでの講演を依頼されました。私を紹介する時に「顧客や営業の情報を外部システムに預けるなんて、日本では絶対にありえないと思っていた。それをクラウドとして広めた人です」とご紹介いただきました。

 クラウドは、最初は相当懐疑的に見られていましたが、私はそうは思わなかった。10万円ぐらいなら家に保管するでしょうが、高額になったら銀行に預けるでしょう。株券もしかりです。

 旅行に行ってもホテルや旅館に泊まり、タクシーや公共交通機関を利用します。所有ではなく利用なのです。情報も貴重なものは預けた方が安心です。なぜ、ITだけは自前のものしかダメなんでしょうか?  と随分前からそう思ってました。

 96年当時、私は日本IBMで社長補佐でしたが、その時のタスクで企業のシステムは、将来アプリケーションごとにアウトソースされていくと提言していました。まさに今のクラウドやSaaSの考え方です。そして、99年にセールスフォースが生まれました。

 [※1]The IMD World Digital Competitiveness Ranking 2020 results

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著者プロフィール

  • 福田 康隆(フクダ ヤスタカ)

    1972年生まれ。早稲田大学卒業後、日本オラクルに入社。2001年に米オラクル本社に出向。2004年、米セールスフォース・ドットコムに転職。翌年、同社日本法人に移り、以後9年間にわたり、日本市場における成長を牽引する。専務執行役員兼シニアバイスプレジデントを務めた後、2014年、マルケト入社と同時に代表取締役社長に、2017年10月同社代表取締役社長 兼 アジア太平洋日本地域担当プレジデントに就任。マルケトがアドビ システムズに買収されたことにより、2019年3月、アドビ システムズ専務執行役員 マルケト事業統括に就任。2020年1月より、ジャパン・クラウドのパートナーおよびジャパン・クラウド・コンサルティング株式会社の代表取締役社長に就任。ハーバード・ビジネススクール General Management Program修了。著書に 『THE MODEL マーケティング・インサイドセールス・営業・カスタマーサクセスの共業プロセス』(翔泳社、2019年)。

  • 中村 祐介(ナカムラ ユウスケ)

    株式会社エヌプラス代表取締役 デジタル領域のビジネス開発とコミュニケーションプランニング、コンサルテーション、メディア開発が専門。クライアントはグローバル企業から自治体まで多岐にわたる。IoTも含むデジタルトランスフォーメーション(DX)分野、スマートシティ関連に詳しい。企業の人事研修などの開発・実施も行うほか、一般社団法人おにぎり協会、一般社団法人日本編集部の代表理事として、日本の食や観光に関する事業プランニングやディレクションも行う。

  • 押久保 剛(編集部)(オシクボ タケシ)

    メディア部門 メディア編集部 部長/統括編集長 兼 EnterpriseZine編集長 1978年生まれ。立教大学社会学部社会学科を卒業後、2002年に翔泳社へ入社。広告営業、書籍編集・制作を経て、『MarkeZine(マーケジン)』の立ち上げに参画。2006年5月のサイトオープン以降、MarkeZineの企画・運営を一貫して担当。2011年4月にMarkeZineの3代目編集長となり、2015年4月からは第2メディア編集部 部長/MarkeZine編集長/マーケティング広報課課長を兼任。2019年4月よりメディア部門 メディア編集部 部長/統括編集長に就任。9月よりEnterpriseZine編集長も兼任。各メディア編集長と連携し、翔泳社が運営する全メディアの価値向上を図っている。

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連載:全ての会社がテックカンパニーになる時代~福田康隆と探るDX最前線
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