レガシーITの資産がDXの足枷に
企業のデジタル変革に取り組むIT部門にとって、悩みは長年使い続けてきたシステムの移行だ。基幹系システムなどの移行の問題は経済産業省の「2025年の崖」レポートでも指摘されているが、同様に社内の情報系システム、特にメールやファイル共有、スケジュールなどの移行も大きな問題となる。2000年代から普及した「Notes」は、その代表的なツールだ。Lotus、IBMを経て2019年にはインド企業HCLに売却された同ツールは、「Notes/Domino」として多くの企業が導入し一時は先進的なツールとして普及した。グループウェアやメールとしての機能は、Microsoft 365や各種SaaSのサービスへの移行が考えられるが、ネックとなるのは、長年の利用で個別最適化されたアプリケーションやデータ資産だ。これらをすべて移行するには、かなりの予算とリソースを要する。
こうした課題をテーマにした公開セッションが、ITジャーナリストの谷川氏、ITRの舘野氏、グンゼの鶴海氏の鼎談による形式で行なわれた。主催はSaaSのID認証基盤を提供するベンダーのHENNGE。同社にはメールセキュリティやクラウド導入のID統合の基盤を提供する中で、Notes移行についての案件もあり、ユーザー企業からの相談も多いことから、今回の開催に至ったという。「DX推進、クラウド移行、レガシー脱却という課題のヒントを提供したい」とHENNGE担当執行役員の三宅智朗氏は冒頭に語った。
DX事例と現実課題にはギャップ、自社のやるべき変革の優先づけを:谷川耕一氏
谷川氏は、まず先進的な3社のDXの事例を紹介し、「DX事例と現実のギャップ」という問題提起をおこなった。
はじめに、ヤマトの事例。経営構造改革プラン「YAMATO NEXT100」を掲げて「データ・ドリブン経営への転換」をテーマにDXを推進し、LINEやAIも活用してリアルタイムな顧客接点を実現、MLを使った業務量の需要予測を実現した。エンジニアだけでなく、3年間で1,000名のDX人材を育成している。(参考記事)
2つめは、ホームセンター大手のカインズの事例。同社は2018年に「IT小売業宣言」し、2019年にデジタル戦略本部を立ち上げ、表参道にデジタル戦略拠点を設置し、開発においても内製化を推進し、店舗スタッフと顧客向けのモバイルアプリの開発などをアジャイルで実行している。(参考記事)
3つめは、鹿島建設の事例。デジタル化、機械化により建設施行や現場作業の自動化を実現している。AIや5Gなど新たな技術を使ったスマートシティへの取り組みやデジタル技術を使った、SDGsにもつながる新しいビル管理の実現に向けた取り組みを行っている。
これら先進的なDXの3社の成功事例には共通点がある。1つは中長期の経営計画の中で戦略が練られ、経営方針DX推進プロジェクトが進められていること。もう1つは、デジタルでの深い経験と知見を持つ推進リーダーの存在だ。「とはいえこうした取り組みが、そのまま適用できる企業は少ない」と谷川氏は指摘する。
「ベンダーは先進的で効果が大きく出ている成功事例をアピールしがちで、現場の課題にはギャップがあることが多い」ということを、日々の取材から感じると言う。
メディアやベンダー事例に登場するDXの姿は理想として参照しつつも、企業ごとにDX実現の姿は異なり、企業ごとに今やるべきDXのアプローチがある。その上で「レガシーのモダナイズやリモートワーク環境からのDXアプローチもある。今やるべきことの優先順位づけと、目指すべきDXの姿を明らかにすることが重要」と谷川氏は結んだ。