3つのDXで見えてくること
その本質を理解するため、成田氏は「DX20」「DX22」「DX21」と、3つのDXを紹介した。これはDXの3つの段階を示している。それぞれ、20世紀に達成しているべきだったDXを「DX20」、22世紀を視野に入れた未来志向のDXを「DX22」、現在の私たちが取り組むべき足元のDXを「DX21」と整理できるという。
今の社会の成熟度は、本当のDXやその先のDXを達成できるほどではない。解決すべき課題が大量に残っている。たとえば、なぜ書類に判子を押さなくてはいけないのか。直筆の署名をしなくてはいけないのかなどだ。
日本ではいまだに契約書などのビジネス文書は紙が中心だ。他にもある。電話をかける。話をする。「じゃあ、そんな感じで」と言って終わるが、振り返ってみると何が決まったのかよくわからない。電話なので記録も残っていないといった具合だ。「ネ申エクセル」と呼ばれる、一見デジタルだが利用できない形式に加工したファイルも組織内で幅を利かせている。これらはいずれも働く人たちの大事な時間を奪う存在である。DXを考える前に、古い慣習を次世代に押し付けないための解決策を考えなくてはならない。
成田氏は「私たちに問われているのは『1 to 0』」だと訴える。よく0から1を生み出すことが大事だと言われるが、同じぐらい重要なのが、ないほうが良いものをなくす意味での「1 to 0」である。無駄な書類、無駄な手続き、目的の不明な会議、そして名前だけの役職。「それらすべてが社会の活力を奪っている」と成田氏は批判する。価値のある「1」の創出と同様に、有害な「1」の根絶が評価される世の中にする。社会としてその共通認識を醸成していくことが重要である。
なぜ昭和の積み残しが多いのか。そして人々が「1 to 0」に抵抗する理由は何か。成田氏が語るその要因、そして「DX20」の真意については、ぜひ「Ignite 22 Japan」本編で確認してほしい。
仏教哲学でわかる22世紀の社会の姿
日本社会の現状を考えると気持ちが沈むところだが、成田氏はDX22でどんな社会変革が実現するかについて解説を続けた。DXの過去と未来を大きな視点から展望する上で、とても重要な概念が仏教の「八識」である。これは人間の意識や認知のプロセスを「1. 眼識」「2. 耳識」「3. 鼻識」「4. 舌識」「5. 身識」「6. 意識」「7. 末那 (まな) 識」「8. ・阿頼耶 (あらや) 識」に整理したもので、8つの心理を意味する。
この内、1番から5番は五感として知られるものだ。続く6番の意識は、知性や合理性、あるいは思考力に相当するもの。7番の末那識は、意識の裏側にある感情のことで、エゴ、プライド、あるいは承認欲求のようなある種の非合理的な心のあり様を示している。最後の阿頼耶識は、個人の存在を超越した根本にある無意識レベルでもっているような深い識を意味する。
この「八識」は、私たちの社会の中でDXがどれだけ進展したかの理解に役立つという。眼識や耳識など、それぞれがどのように関連しているか。成田氏は講演でわかりやすく説明している。この詳細についても「Ignite 22 Japan」本編で確認していただければと思う。
そして我々を待ち受ける未来には、人間の身体や精神がインターネットにつながる未来も見えてくる。「人間の身体のインターネット化は実現しつつある」と成田氏は指摘する。周辺を見渡しただけでもスマートウォッチを着けている人が増えてきており、それが測定しているデータの代表例が心拍数だ。心拍数のパターンから深刻な予兆を検知し、病院に行くことを勧められてその指示に従った結果、命をとりとめた人のニュースは記憶に新しい。
となると、その先の精神や脳のインターネット化が見えてくる。実際、脳にデバイスを埋め込み、AIにうつ状態に特有のパターンを学習させ、うつ状態の兆候が検知された患者に電気刺激を加える治療を実施したところ、良好な状態に転じたとする報告もあるという。
もっと先の未来では、デバイスを埋め込んだ人間の脳と脳がインターネットを介してつながる。そうなると、地球上の人間の精神がインターネットを介して一つの存在になる未来すら夢物語ではなくなる。NFTを使えば、データの由来や所有者を明確にもできる。世界が生み出すあらゆる断片が市場経済や経済取引に取り込まれる社会が到来するのかもしれない。それがDX22で実現する可能性のある未来である。
一部では実現しているDX21
22世紀のことを考えるだけではなく、私たちが現在を生きる21世紀のDXを考えることも重要だ。「DX21」を考える上で避けて通れないのが、セキュリティとプライバシーである。その理解のヒントになるものとして成田氏が挙げたのが、映画『イーグル・アイ』である。
2008年に公開されたこの映画タイトルにある「イーグル・アイ(鷲の目)」は、米国政府が国土監視用に開発したAIであり、街中の至る所に設置されたデバイスを通してデータを収集している。ある時イーグル・アイは、大統領が憲法違反行為に加担していることを知った。それを基に大統領を排除する決定を下すのだが、肉体を持たないAIは、代わりに2人の主人公を動かして大統領暗殺を遂行しようとする。
この映画がおもしろいのは、映画の世界観を構成する個々の要素技術が、2022年の現時点でかなり利用可能な状態にあることだ。ただし、現在の社会と映画で描かれた社会は大きく違う。現在、組織が個人に関するデータを絶え間なく収集できる状態ではない。イーグル・アイのように、人間が次に何をするべきかを判断する自律的な機械も存在しない。何かを決めるのは人間で、実行も人間が行う。映画が描いたようにデータの循環プロセスはなく、至る所に分断があるのが今の社会だ。
だが今の社会を見ると、スケールは圧倒的に小さくなるが、この循環に限りなく近い姿は実現している。たとえば、BtoCのWebサービスがある。ECサイトには大量のユーザーがいて、スマホやPCという比較的貧弱なデバイスでそのWebサービスを使う傍ら、自分に関するデータを絶え間なく生成している。そのECサイトの裏側にあるのは、プログラムという高度に機械化された存在だ。
店舗の運営では、棚に置く商品を何にするか、その値段をいくらにするかが非常に重要である。ECサイトも同様で、数千点の商品のどれをトップページに表示するか、それをユーザーごとに最適化しなくてはならない。
そして成田氏は、これまで経験した企業との共同プロジェクトの経験を踏まえ、21世紀後半に迎えるであろう、データに基づいた未来の姿を「Ignite 22 Japan」本編にて語っている。
完全なDX21実現に向けて避けて通れない問題
公共的な領域も含めたDX化が実現した社会の未来について、成田氏が出した本が『22世紀の民主主義 選挙はアルゴリズムになり、政治家はネコになる』である。ベストセラーになった著書の中で成田氏は、DXが実現した国家の姿を描いている。
その実現に向け、私たちには継続的な努力が求められている。もっとも、その前に立ちはだかる壁は多い。何が最適なのかを判断する以前に、判断に必要なデータを記録しておらず、そもそも存在していない、使える形になっていない。これが現状である。
私たちが怠惰だからではない。アナログな手続きや規制が意思決定を実行するスピードを阻害しているからだ。データが揃わず、プロセスはゆっくりとしか進まない。これでは意思決定の最適化どころではない。そして壁を乗り越えなくてはならないのは企業だけではなく、行政も同じだ。
その中で成田氏は教育分野を例に挙げ、2019年から全国の児童・生徒1人に1台のコンピューターと高速ネットワークを整備するGIGAスクール構想について触れる。子供たちの学習ログがたまれば、そのデータに基づいてそれぞれに最適化した学習計画を提供することができると期待されている。だが、その実現に向けての問題は山のようにある。
データ設計や連携、プライバシーやセキュリティなど、動画内で成田氏はあらゆる課題を挙げ、その中で「足元の泥臭い仕事から逃げるわけにはいかない」と話す。
成田氏によれば、今の私たちはDX22の未来像が示す理想の実現に向けた下積み期間だという。暗く長いトンネルの中を進んでいる。私たちが現場で取り組んでいることを共有しながら、目の前に立ちはだかる多くの壁を乗り越えていくことが、DX22に向けた第一歩になっていくだろう。
繰り返しになるが、今回の記事で取り上げた動画は10月3日より開催予定のパロアルトネットワークス主催オンラインイベント「Ignite 22 Japan」でも視聴可能だ。そのほかDXだけでなく、サイバーセキュリティに関する充実した講演も予定されているため、興味がある読者はぜひ登録してみてはいかがだろうか。
パロアルト主催!豪華登壇者によるDX&セキュリティイベント開催!
2022年10月3日から12月25日にかけて、オンラインイベント「Ignite 22 Japan」が開催されます。米イェール大の成田 悠輔氏をはじめ、多くの豪華メンバーが登壇予定となっております。ご興味を持たれた方は、ぜひ開催スケジュールを確認の上、イベント公式サイトよりお申し込みください。