
次世代の画期的な技術である量子コンピュータについて、IBMは2033年までに10万量子ビット・システムの実現を目指すロードマップを2023年5月に明らかにした。このロードマップが順調に進むことで、2030年代に入れば量子コンピュータが実験的な取り組みではなく、社会や企業などの課題を解決するITシステムとして一般的に使われる時代になると予測される。10万量子ビットの実現には、乗り越えるべき物理学、工学、コンピュータサイエンスの課題が重なり合っている。それら課題を克服するのは簡単ではない。とはいえIBMや連携する大学などの研究機関では、課題を解決し目標の達成は可能と考えている。10数年後には確実に来るであろう10万量子ビット・システムの時代の前に、取り組むべきことがある。それが、耐量子(Quantum Safe)だ。
今の技術で暗号化されたものは、量子コンピュータで簡単に複合化される

既に量子コンピュータを使ったさまざまなユースケース、ビジネスの検討が始まっている。現状のスーパーコンピュータではかなり時間を要する処理が、量子コンピュータでは数分、数秒で解決できる可能性がある。無理だと思われていたことが、実現できる時代が来るのだ。そしてこのような量子コンピュータのメリットだけでなく、デメリットも考えておく必要がある。「量子コンピュータが進展する中、情報セキュリティに対する脅威が顕在化しています」と言うのは、日本IBM 戦略コンサルティング パートナー 兼 Quantum Safeコンサルティング リーダー 兼 Quantum Industry & Technical Service リーダーの西林泰如氏だ。
多くのミッションクリティカルシステムやアプリケーション、データは、暗号により守られている。格納されているデータやネットワーク経路は暗号化されており、認証の際にも暗号化技術で安全性を担保している。デジタル技術を利用するあらゆる部分が、暗号化で守られていると言っても過言ではない。
一方で古典コンピュータでは時間がかかるために現実的に解けない課題が、量子コンピュータでは圧倒的な処理能力により現実的な時間の中で解けるようになる。そのため、これまではスーパーコンピュータでも難しかった化学や金融のシミュレーション、AIや機械学習を使った課題解決などが可能となり、量子コンピュータで世界が変わる可能性がある。
古典コンピュータに比べ、大きく変わることの1つが素因数分解の処理だ。「量子コンピュータは素因数分解の問題を、これまでとは違うアプローチで解きます」と西林氏。この素因数分解の技術を用いているのが、現状の多くの暗号化技術だ。量子コンピュータが一般化する時代には、「素因数分解の技術を使っている公開鍵などの暗号化は、大きな脅威にさらされます」と指摘する。
ならば10数年後までに、耐量子暗号の技術を導入しミッションクリティカルなシステムなどの安全性を担保すれば良いのだろうか。実は、そこまで待っている時間はない。なぜなら犯罪者は、既に暗号化された認証情報や重要なデータを収集している。そしてしばらくは暗号が解けずとも、量子コンピュータが使える時代になれば解読し悪用する可能性があるのだ。

実際、2026年には1/7、2031年には1/2の確率で量子技術を使い公開鍵暗号が破られるとの大学研究者による見解がある。さらにNIST(米国標準技術研究所)のレポートでも、2030年までに暗号鍵長2048ビットのRSA暗号は破られる可能性があると予測している。つまり、今暗号化された重要機密などの情報を入手しておけば、2030年頃には解読して悪用できる。つまり耐量子暗号への対処は、今やる必要があるのだ。
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谷川 耕一(タニカワ コウイチ)
EnterpriseZine/DB Online チーフキュレーターかつてAI、エキスパートシステムが流行っていたころに、開発エンジニアとしてIT業界に。その後UNIXの専門雑誌の編集者を経て、外資系ソフトウェアベンダーの製品マーケティング、広告、広報などの業務を経験。現在はフリーランスのITジャーナリスト...
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