AIエージェントにデータを供給する「Data Cloud」
Salesforce Data Cloud(旧称:Salesforce Customer Data Platform、以下Data Cloud)は、2021年9月に行われた「Dreamforce 2021」で顧客データプラットフォーム製品として発表後、翌年の「Dreamforce 2022」でより広範なデータ管理と統合のためのプラットフォームであることを強調するため、現在の名称に変わった。そして、Data Cloudは買収して製品ポートフォリオに加えたものではなく、ゼロからセールスフォースが開発した製品でもある。リリース以来、順調に導入数を増やしており、「Data Cloudは、セールスフォース創業以来、最も急速に成長している製品になった」とアウドラカー氏は振り返った。
セールスフォースがData Cloudを独自開発した背景には、“企業内データの分断”という問題がある。たとえば、アウドラカー氏が対話の機会を得た、とある企業の幹部によれば、顧客に関するデータは150もの異なるデータソースに分散していることがわかった。分散していること自体、正当な理由があってのことだが、これでは1人の顧客を150人の別人と認識してしまうことになりかねない。特にマーケティングや営業、カスタマーサポートのようなフロントオフィス業務では、統合顧客プロファイルとしてリアルタイムにアクセスできることが望ましい。そこでData Cloudは、データレイクやデータウェアハウス(DWH)に分散していても、必要なデータを取り込み、統合して利用できる仕組みを提供している。
だからこそ、Data Cloudを利用することで「Salesforce Customer 360」ユーザーの業務は変わるだろう。営業であれば、アップセルとクロスセルの機会を特定しやすくなる。カスタマーサポートは過去のやり取りに基づいて顧客対応ができるようになり、マーケティングチームは顧客とのコミュニケーションをパーソナライズできるだろう。さらにData Cloudは、企業のAI活用においても重要な役割を果たすことになる。
セールスフォースは「予測AI」「生成AI」に続くものとして、自律的にアクションを実行できる「AIエージェント」を見据えている。AIエージェントを企業活動に取り入れる上でも、Data CloudはAIが意思決定のためのインサイトを得て、適切なアクションを実行するために不可欠な基盤となるのだ。Dreamforce 2024のメインキーノートでは、Salesforce Service Cloud上で動くAIエージェントが、カスタマーサポート宛の電話による問い合わせを人間に代わって解決できることがデモで紹介された。
自律的に動作するAIエージェントが正しく動き、意思決定とアクションの実行により人間をサポートする。そのための材料はデータであり、SalesforceではData Cloudが提供することになるだろう。
大きく取り上げられた「FedEx」の事例
Data Cloudを取り扱ったキーノートでは、複数の導入事例が紹介された。その中で最も大きく取り上げられた企業が、FedExだ。アウラドカー氏は、FedExのトニー・クリーガー(Tony Kreager)氏(EVP Data, Digital and Commercial Technology)の発言である「買い物とは配送である」を引用し、FedExが運営する巨大物流ネットワークでやり取りされるデータが、消費者の快適な購買体験をどれだけ支えているかを説明する。
FedExは、全世界220ヵ国・地域で、1日あたり1500万個以上の荷物を配送している物流事業者。このグローバルネットワークは、700機以上の航空機、20万台以上の車両、50万人以上の従業員で構成されており、そこから毎日生まれるペタバイト級のデータは、FedExのビジネスにとって重要な資産である。しかし、そのデータは数多くのデータレイクやDWHに分散していた。そこで、これらすべてのデータ資産を有効活用するために、Data Cloudを導入したという。
クリーガー氏によれば、FedExがデータ資産の活用で重視している領域は大きく3つある。1つ目は、物流ネットワークにおける日々の運用を最適化すること。2つ目がサプライチェーンのデジタル化。そして、3つ目がECプラットフォーム「fdx」を運営することだ。fdxの稼働開始は2024年9月、FedExは物流事業者でありながらも、自前のECプラットフォームを持つことで、新規事業に参入している。そして、このfdxの運営こそが、Data Cloudが活躍する領域だ。
「商品の正確な到着時間がわからないまま買い物をする人はいない。私たちは、顧客がカートに商品を入れた段階からいつ手元に届くか、多くのデータを基に予測し、商品購入を促すことができる」とクリーガー氏。この予測に必要なインサイトは、ネットワークデータや顧客データ、カスタマーサービスのデータ、営業データなどを重ね合わせることで得られる。また、商品が手元に届いてから発生する返品プロセスにおいても、多くのデータからインサイトを得る必要があるという。
このときに問題になるのは、どこでペタバイト級のデータを分析するかだ。クリーガー氏は「これだけの規模のデータともなれば、動かしたくはなかった」と話す。Data Cloudを利用することで、データレイクやDWHにあるデータを移動、コピー、再フォーマットをする必要はない。そこでData Cloudが提供する「ゼロコピー統合」機能を使い、コストのかかるコピーなしに、Microsoft Azure上の2億3500万行(2024年8月時点)のデータにアクセスできる仕組みを整えた。