日本市場で息巻く「オブザーバビリティ」の活況はこの先も続くのか?──ガートナー米田氏に将来予測を訊く
注目集まる「AIOps」実現に向けて注意したいポイントも整理
向こう5年で標準的なツールへ躍進か AIOpsの期待高まる
決して速いペースではないものの、日本企業のあいだでもオブザーバビリティがビジネスにもたらす影響は確実に無視できないレベルになりつつある。では今後、オブザーバビリティはどのように普及していくと予測されているのか。1年後/3年後/5年後に日本のオブザーバビリティ市場がどのように進化していると思われるか、米田氏にその予測を聞いてみた。オブザーバビリティ導入を検討している担当者はぜひ参考にしてみてほしい。
1年後(短期)
- コア技術の導入フェーズ拡大:中堅中小企業も含め、既存のオンプレミス監視からSaaS型オブザーバビリティツールへの置き換えが加速。レガシーシステムを保持しつつ、クラウド/コンテナ環境とのハイブリッド監視へのニーズが強まる
- コスト最適化への強い要求:不安定な経済状況やIT予算の厳格化により、監視コストやインフラコストを最適化するためのツールとしてオブザーバビリティが注目される。また、余剰リソース削減や運用効率向上の実績が出やすく、短期的に投資回収を図る動きが活発化する
- SRE/DevOps文化の導入初期段階が広がる:先進的企業の成功事例を参考に、SRE組織やDevOps手法を取り入れる動きが増える。ただし体制や人材面での課題が多く、運用部門と開発部門の連携がまだ十分とは言えない企業が多い
- LLMやAIの利用シーンでの基礎的なオブザーバビリティ導入:ChatGPTなどのLLMを活用したサービスが増えるにしたがって、ログやメトリクスといった基本的な監視項目だけでもAI機能の導入を始める企業が増加。LLM利用時のコスト/レスポンスタイム/エラー傾向などをモニタリングし、サービス品質を担保する基盤づくりを模索し始める
3年後(中期)
- マイクロサービス化/Kubernetes利用の本格拡大:大企業/中堅企業を中心に、レガシーアプリケーションを段階的にモジュール化し、クラウドやKubernetes上での稼働を進める企業が増える。これにともない、分散トレーシングやマイクロサービス向けObservability機能の需要がさらに高まる
- AIOpsや機械学習による高度な障害予測/自動化:単なるアラート通知にとどまらず、異常検知や先読みの障害予測、部分的な自動リカバリなどAIOps領域の活用が増える。また、障害対応までの一連のフロー(インシデント管理、SlackなどのチャットOps連携)を自動化し、運用コスト削減を実現する企業が増加する
- 事業部門および経営層への可視化ニーズの高まり:SRE/運用担当のみならず、経営層やサービス企画部門もオブザーバビリティデータを活用してKPI管理や顧客体験評価を行うケースが増える。BIツールやダッシュボードとの連携が進み、システム情報とビジネス情報を掛け合わせた経営判断が定着していく
- ベンダー乱立から集約へ:国内外のオブザーバビリティベンダーが参入し続けた結果、機能的な差異が少なくなり、顧客企業はより統合的なプラットフォームやサポート体制を重視するようになる。国内SIerやクラウドベンダーとのパートナーシップを強化したベンダーが優位に立ち、市場が徐々に集約されていく
5年後(長期)
- オブザーバビリティの定着と“当たり前のインフラ化”:新規にシステムを立ち上げる際には、何らかのオブザーバビリティプラットフォームを導入するのが標準的な選択肢となる。また中小企業やスタートアップでも、導入当初からクラウドネイティブかつオブザーバビリティを前提としたアーキテクチャを採用しやすくなる
- SRE文化の完全定着と専門人材の増加:DevOpsやSREといったプラクティスが運用組織や大学教育などでも広まり、専門人材が増え、チーム体制も成熟、オブザーバビリティの高度活用(分散トレーシング、リアルタイム分析、AI活用など)が自然に行われ、サービス品質の向上と高頻度デプロイが当たり前になる
- フルスタック化および他領域との融合:セキュリティ監視(SIEM)やITサービスマネジメント(ITSM)、ビジネスインテリジェンス(BI)などのツールとオブザーバビリティが統合され、より広範なプラットフォームとして機能する。また、製造現場のIoTやスマートファクトリーといったOTの領域にもオブザーバビリティの考え方が本格的に導入され、IT/OTの統合監視が実現する
- 自治体/公共系やレガシー領域への深い浸透:これまで導入が遅れていた行政/公共サービス、レガシー産業でもクラウドネイティブ化と同時にオブザーバビリティを取り入れ、社会インフラレベルで可視化/監視が進む。大規模データ連携や国レベルのDX推進プロジェクトと連動し、ベンダーやSIer、ユーザー企業が一体となってオブザーバビリティ基盤を活用するモデルが確立される
特に今後注目したいのは、ユーザー企業が活用中のAIスタックやLLMアプリケーションを監視/分析するLLMOpsやAIOpsといった分野だ。既に先進的な企業のなかにはLLMOps/AIOpsへの取り組みを進めているところも多く、オブザーバビリティベンダーもこれらの機能強化に多くの投資を行っている。たとえばDynatraceの場合、AIによる問題調査の迅速化や自動修復の強化、問題の未然防止など予防的な運用を実現するAIOps機能の強化や、AIアプリケーションを可視化してインフラ基盤やフロントエンドと連携させた、より統合的なアプリケーションオブザーバビリティの実現をめざしている。

DynatraceのオブザーバビリティプラットフォームはAIによる機能強化が随所で見られるが、特に注目したいのがAIによる問題調査の迅速化からの普及案の提示や自動修復、さらにこれらを拡大したAIによる予防的運用機能だ。AIによって問題の未然防止を実現する本格的なAIOps時代の到来を感じさせる
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一方で、AIOpsの実現には以下のような課題があると米田氏は指摘する。
- データのプライバシー/セキュリティに関する配慮:LLMへの入力データに機密データが混入するリスク、外部サービス利用時のAPI連携によるデータ流出リスク
- 新たな監視指標やメトリクスの定義:トークン単価やAPIコストに係るリクエスト数、トークン使用料、推論時間などの可視化、ハルシネーションに対するユーザー体験の評価とその取り込み
- スパイク対応やオートスケーリング:LLM推論部分はリソース消費が大きいことから、遅延や高負荷によるエラー発生をすばやく検知し、スケーリングする機構、または一貫した分散トレーシングによるボトルネックの特定
- 継続的なモデル評価/モニタリング:モデルアップデート後の応答特性の変化(リグレッションの確認が必要)、LLMのバイアス(偏見、差別的表現、機密情報の漏洩など)のモニタリングとフィルタリング/アラート体制
- 開発/運用チームの連携とガバナンス:運用チームとモデル開発チーム(AIチーム)の連携、リクエスト/レスポンスの内容が記録されたLLMログの取り扱いポリシーや運用プロセスの明確化
- コストと品質のバランス:ユーザー数やコスト削減ニーズのバランスを踏まえたモデル選択、オンデマンドで利用するGPU/TPUのリソース最適化(予約インスタンスやクラスタ構成などの検討)
このように機密データの扱いやAPI連携、モデルの規模やリソースとコストのバランス、開発と運用の連携など、AIOpsにはこれまでとは異なる視点が求められるだけに、オブザーバビリティ導入を検討する企業は今後、AIOpsに関しても十分な精査を重ねる必要があるだろう。
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五味明子(ゴミ アキコ)
IT系出版社で編集者としてキャリアを積んだのち、2011年からフリーランスライターとして活動中。フィールドワークはオープンソース、クラウドコンピューティング、データアナリティクスなどエンタープライズITが中心で海外カンファレンスの取材が多い。
Twitter(@g3akk)や自身のブログでITニュース...※プロフィールは、執筆時点、または直近の記事の寄稿時点での内容です
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