荏原製作所に新しい風を巻き起こす“精鋭集団”──3つの生成AIモデルを使い分けできる専用ツールを内製
第37回:荏原製作所 データストラテジーチーム データストラテジーユニットリーダー 田中紀子さん
なぜ、生成AIプラットフォームをマルチクラウドで内製開発したのか?
酒井:こうしてリリースされたのが、独自開発の生成AIプラットフォーム「EBARA AI Chat」ですね。
田中:はい。研究開発部門が「過去に似たような研究はなかったか」と調べたいときや、営業が「この商談と似たケースの資料はないか」と探したいときなど、様々な場面で活用できます。
酒井:少人数で内製開発されたとか。
田中:最初は私と岡村森さんという若手エンジニアの2人でスタートしました。主に私が企画や推進、岡村さんもご自身でアイディアを出しながら開発を担当。岡村さんは初期のニーズに対してすぐにプロトタイプを作ってくれました。
とはいえ彼だけを頼りに内製開発に踏み切るのは難しいと思い、数ヵ月は外注も並行して進めました。ところが、ベンダーが作ったものより、岡村さんが作ったチャットボットの方がユーザーからの評価が高かったのです。彼は同期間に、検索とモデルの組み合わせで9パターンの比較検討までしてくれました。ベンダーが「できない」と言ったことも「いや、できました」と持ってきてくれる。冷静沈着な中に、技術についての高いプロ意識、そして、何とかしてニーズに応えたい・課題を解決したいという強い情熱を秘めていました。
これなら内製開発でいけると思い、少しずつ外注の割合を減らしていきました。そして、社内で「Pythonを勉強しているけど活かす機会がなくて」といった方に個別に声をかけメンバーに誘ったり、基盤チームを巻き込んだりしながら、体制を作っていきました。
現在は社内の力だけでメインは6人の若いエンジニアが開発していますが、みんな大変優秀でチームもとても活気があります。岡村さんは技術力を生かし、開発リーダーとしてメンバーをまとめるとともに、新たな技術領域を開拓したり、新機能のアイディアを出したりしながら開発プロジェクトをリードしてくれています。また、他のメンバーも全社から日々寄せられる要望に応え、新しい技術を貪欲に習得し、先進的な取り組みに能動的にチャレンジしています。メンバーのうち3人は外国籍ですが、岡村さんのアイディアで日本語の資料も母国語で検索できる翻訳機能をEBARA AI Chatの中に実装し、チームそして当社全体の外国籍含めた社員のエンゲージメント向上にも役立てています。
酒井:内製開発の一番のメリットは何だと思いますか?

田中:やはりスピードですね。一般的な大企業のシステム開発とは大きく異なり、まるでスタートアップが新しいサービスを生み出していくような楽しさがあります。前述の翻訳機能もアイディアから実装まで短期間で実現しました。
コスト面でも大きなメリットがあります。たとえば新しいモデルに入れ替えたい場合、作業としてはAPIを呼ぶ先を変える程度ですぐできますが、外注だとそういった作業でも相応の費用が発生します。内製開発であれば、基本的にかかる外部コストはトークン料とクラウド利用料程度です。
一方で、ニーズ把握、新技術の調査、セキュリティ対策、ルール作りなどはすべて自分たちでやる必要があります。前例もないので、外部の事例なども参考にしながら試行錯誤・手探りで進めている部分もあります。
酒井:なぜマルチクラウド構成を選択されたのでしょうか?
田中:当社はもともと、Google WorkspaceとMicrosoft 365を両方導入しています。当初利用するモデルもどちらにするか議論したのですが、モデルも各社から精度の高いものがどんどん出てくる、検索機能や性能も競い合っている状況で、どちらかに絞るのは難しい。それなら、マルチクラウドでいこうと。
たしかにネットワーク構成は複雑になります。クラウドを跨ぐので、それぞれのサービス以外からはアクセスできないようにネットワークを制限するなど、様々な工夫・対応が必要でした。
それでも、GPT、Claude、Geminiの3つのモデルをユーザーが選択して使えるようにして良かったと思います。コーディングするならClaude、調査してほしいならGemini、というように使い分けている人もいますし、それぞれに聞いて比較してみるという人もいて、上手い使い方だなと思います。
酒井:アクセス権限はどのように管理されているのでしょうか?
田中:申請時に責任者がデータソースの閲覧範囲を決め、該当するデータソースを参照できるグループアドレスで管理しています。全社員が参照可能なデータソースであれば全社組織アドレス、特定の組織ならその組織アドレス、任意のメンバーであればそのカスタムグループアドレスに紐付ける。結果として、ユーザーによって見えるデータソースの数が異なり、自分が参照できるデータソースだけが検索可能となっています。
このアクセス制御の仕組みは、各領域でのデータソース検索ニーズを個々にカスタマイズすることなく、汎用的に応えていくうえで大変重要な部分になっています。
また、データカタログ機能も搭載し、各領域で登録されたデータソースや、そこに含まれるファイル一覧、管理グループ、情報区分、更新日時などを確認できるようにし、データマネジメントにも活用しています。
この記事は参考になりましたか?
- 関連リンク
- 酒井真弓の『Enterprise IT Women』訪問記連載記事一覧
-
- 荏原製作所に新しい風を巻き起こす“精鋭集団”──3つの生成AIモデルを使い分けできる専用ツ...
- “社内の御用聞き”から「頼られる存在」に──エイチ・ツー・オー リテイリングが内製比率を上...
- 業界の常識を覆し続ける星野リゾート、次は「ホテル運営システム」を内製──現場出身者×エンジ...
- この記事の著者
-
酒井 真弓(サカイ マユミ)
ノンフィクションライター。アイティメディア(株)で情報システム部を経て、エンタープライズIT領域において年間60ほどのイベントを企画。2018年、フリーに転向。現在は記者、広報、イベント企画、マネージャーとして、行政から民間まで幅広く記事執筆、企画運営に奔走している。日本初となるGoogle C...
※プロフィールは、執筆時点、または直近の記事の寄稿時点での内容です
この記事は参考になりましたか?
この記事をシェア