「弁護士のジレンマ」から生成AIで起業したLegal Agent朝戸氏 ──「士業スキル×AI」に勝ち筋を探る
Legal Agent代表 朝戸統覚氏インタビュー
ChatGPT-4oからGPT-5へとその進化はとどまることを知らず、あらゆる業界でゲームチェンジが起きている。中でも、膨大な知識と経験が求められる専門職の世界も例外ではない。法律業界もまた、人力に依存してきた従来のビジネスモデルが大きな転換期を迎えている。 今回お話を伺ったのは、新進気鋭の法律事務所「Legal Agent」代表の朝戸統覚氏。大手法律事務所での経験から、既存の法律業務のジレンマを痛感し、生成AIの可能性にいち早く着目。弁護士業務に特化したAIツールを自作し、人力の階層構造に依存しない新たな法律事務所を立ち上げた。起業を決意させた生成AIの衝撃、そして「士業のベテランスキル+AIが勝ち筋」と語る朝戸氏の描く法律業界の未来像とは何か。最前線で新たな生存戦略を実践する朝戸氏に、これまでの歩みと今後の展望を伺った。
大手法律事務所で感じたジレンマから生成AIで企業を決意

──これまでのご経歴について教えてください。
朝戸:私は弁護士として、まず「アンダーソン・毛利・友常法律事務所」(以下、AMT)という、いわゆる4大法律事務所の1つに入所しました。4大法律事務所は日本に4つあるトップクラスの事務所で、そこで3年間ほど弁護士業務に携わりました。
ここでは主に上場企業同士のM&Aや国際取引、企業の不正調査など、規模が大きく、複雑な案件が中心でした。AMTは国際取引に非常に強い事務所で、英語を使うクロスボーダーの取引も多く経験しました。その後、「AZX」というスタートアップ専門の法律事務所に移り、スタートアップ企業だけでなく、VCや大企業など、スタートアップエコシステム全体を俯瞰する業務に携わりました。
──大手法律事務所での業務を通じて、どのようなジレンマを感じていましたか?
朝戸:法律事務所は、ほとんどの業務を人手に頼ってきました。これは業界の前提であり、当たり前の光景です。案件の大小にかかわらず、パートナー弁護士、アソシエイト弁護士、スタッフという階層構造で業務を進めるのが一般的です。もちろん、法律業務には知的単純作業のような、どうしても人手が必要な部分も多いのですが、それら全てを人間が担当していました。
この階層構造は、簡単な契約書レビュー1つをとっても非効率を生みます。例えば、まずスタッフが契約書を読み、それをアソシエイト弁護士がチェックし、さらにパートナー弁護士が最終確認をする。パートナーから修正指示があれば、スタッフが修正し、再度アソシエイトとパートナーがチェックする。このやり取りを2〜3周繰り返すことも珍しくなく、簡単な業務でも非常に時間がかかってしまいます。全員が多忙なため、対応が遅れがちになるのが実情でした。
さらに、この非効率性は、大規模な案件では深刻な問題となります。AMT時代には、大きなM&A案件でパートナー、シニアアソシエイト、ジュニアアソシエイトなどで構成される15人規模のチームを組むこともありました。しかし、この構造では、1番下のスタッフやアソシエイトが作業を終えなければ、案件が上の階層に上がってきません。みんな忙しいので、どうしても時間がかかってしまう。そして、稼働した人数分の費用がかかるため、コストも高くなってしまうのです。
──そうした法律事務所に課題感をお持ちになったわけですね。
朝戸:スタートアップ企業は「スピード」「クオリティ」「価格」の全てを求めてきます。しかし、従来の法律事務所の体制では、スピードやコスト面でどうしてもクライアントの要望に応えきれていないと感じました。例えば、クライアントから「この案件はいつまでにやってくれるのですか?」と急かされても、事務所内のリソース不足を理由に「今繁忙期なので少し待ってください」とお願いせざるを得ない。私自身、常に「プロフェッショナルとしてこれでいいのだろうか」という疑問を抱えていました。この「弁護士のジレンマ」が、起業の理由です。
ルールベースAIから生成AIへ、法律業務のパラダイムシフト
──これまでも、SaaS型のリーガルテックサービスは存在しますよね。これらと生成AIの違いはどこにありますか?
朝戸:生成AIの登場以前にも、ルールベースAIを活用したリーガルテックサービスはありました。しかし、ルールベースAIは、あらかじめ設定された一定のルールに基づいてしかアウトプットを出せません。これはプログラミングと同じで、人間が想定できる範囲でしか機能しないのです。
法律業務は、非常に複雑な個別事情や多角的な考慮要素に基づいて判断を下すため、ルールベースAIではその複雑性に対応しきれませんでした。結局、ルールベースAIでは弁護士が求めるクオリティに達することはできず、弁護士はサービスを使わず、全て人力で業務を遂行せざるを得ないのが実情でした。
──その状況を決定的に変えたのが生成AIだったのですね。
朝戸:その通りです。特にChatGPT-4oの登場は、法律業界にとって完全なゲームチェンジでした。GPT-3.5の段階では、ハルシネーション(もっともらしい嘘)が多く、弁護士の間では「使い物にならない」という認識が広がっていました。しかし、GPT-4oに触れた時、「これはとんでもないものが現れた」と強い危機感を覚えたのです。
──具体的には、どのような点で「ゲームチェンジ」だと感じましたか?
朝戸:例えば、秘密保持契約書のレビューを例にとると、GPT-4oはただルール通りに修正を提案するだけでなく、契約書全体の文脈やクライアントの事業内容を考慮し、最適な修正案を提示してくれます。これはまさに、弁護士が頭の中で行っている「いい感じに調整する」作業をAIがやってのけるということです。従来のルールベースAIでは、無限にある契約書のパターン全てに対応することは不可能でしたが、生成AIは「いい感じ」に調整してアウトプットを生成できる。この能力は、弁護士が求めるクオリティにようやく達したことを意味します。
私が起業を決意したのは、GPT-4oの登場がきっかけです。GPT-3.5が流行した際、多くの弁護士は触ってみて「使い物にならない」と判断し、それ以降、生成AIの進化に追いつけていない人がほとんどです。しかし、GPT-4oに触れた時に、これは完全にパラダイムが変わってしまったと思いました。この技術の進化は本物で、今までのやり方では確実に置いていかれると感じたのです。
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京部康男 (編集部)(キョウベヤスオ)
ライター兼エディター。翔泳社EnterpriseZineには業務委託として関わる。翔泳社在籍時には各種イベントの立ち上げやメディア、書籍、イベントに関わってきた。現在はフリーランスとして、エンタープライズIT、行政情報IT関連、企業のWeb記事作成、企業出版支援などを行う。Mail : k...
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