2005年からEU域内の上場企業に強制適用が始まり、米国も適用の意志を示す中で、2007年からIFRSに近づける会計基準の改訂を進めてきた日本。2010年3月期から任意適用も認められ、早ければ2015年にも強制適用が始まろうとしていえう。国際的に事業展開する日本企業では、何から始めたらいいのか不安がある一方で、誤解も多く混乱している状況も見られるという。
基調講演には、日本におけるIFRS啓蒙に尽力し、書籍やコラム執筆で多くの読者を持つビジネスブレイン太田昭和の中澤進氏が登壇。IFRSの最新動向と把握すべきポイントを語った。
IFRS最新動向と企業が取るべき今後の対応
IFRS(International Financial Reporting Standards;国際財務報告基準、国際会計基準)の狙いは、世界各国の企業が共通の会計基準を採用することによって、グローバル化された資本市場での情報の非対称性を最小化し、情報強者としての経営者と、情報弱者としての投資家との情報格差の最小化、あるいは企業・国・市場間での比較透明性の確保にある。
収益測定・原因分析の手段から財産価値の表現・情報開示の手段へ
基調講演の冒頭に、国際会計基準審議会(IASB)と米財務会計基準審議会(FASB)の最近の動きを紹介した中澤氏は、「SEC(米国証券取引委員会)のIFRS適用延期の発表やFASBによる金融商品に関する新しい基準の発表などが相次ぎ、米国はIFRSに対して一歩後退したかに見えるが、それこそ米国の本気度の表れ」と分析。IFRSのコントロールを米国主導で行い、米国版IFRS(新US-GAAP)の色彩を強めるのではないかという見方を示す。
また、「会計の役割が拡大し株式が公の器となったいま、IFRSによって会計情報は収益測定・原因分析の手段から財産価値の表現・情報開示の手段へと変りつつある」と訴える同氏は、IFRSが経営に与えるインパクトとして、押さえておくべき4つのキーワードを示した。
第1は、情報開示と投資家保護。経営者には財務情報の信頼性、経営実態の開示、タイムリーな情報開示とともに経営者としての倫理観が求められる一方、投資家には偏りのない事実情報や判断の容易性、情報入手の平等性を与えるとともに、情報の読み手としての自己責任能力が求めている。中澤氏は、「これが日本の経営者にとって最も分かりにくい価値観」だという。
純資産残高を時価評価することがIFRSの特徴
第2に、包括利益と公正価値。包括利益とは、期末の純資産と期首の純資産との差分利益のこと。IFRSでは損益計算書が包括利益計算書に、貸借対照表が財政状態計算書に変更されることから、従来の利益計算の概念が費用・収益アプローチから、資産・負債アプローチへと移行する。そこで、マネー経済の台頭による金融資産や、グローバル化に伴う為替変動、膨大な年金資産などが資本の直入という形で評価損益に加わり、手持ちの資産の変動が経営者の管理責任になってくる。IFRSでは期末の純資産残高を可能な限り時価評価することで資産・負債を公正価値(時価会計)で評価しようとしている。
第3は、連結基礎概念の変化。IFRSでは従来の親会社説を離脱し、連結企業グループを一つの企業体とみなす経済的単一体説へと連結経営管理の仕組みが変ることで、少数株主持分の考え方も変り、連結財務諸表を用いた会計基準の統一と期末日の統一が強く求められるという。
中澤氏は、「子会社の決算の早期化が当面課題になるだろうが、企業グループにおける経営資源の最適化を図る上でIFRSは非常に良い機会になる」と前向きに捉える。
そして第4は、原則主義と細則主義。EUや日本が選択した原則主義は、経済実態に基づく判断によりルールを作る能力や演繹法的アプローチなどが求められ、主体性と自己責任によるリスク管理特徴。一方のアメリカが採用した細則主義はルールに則った運用により、ルールを探す能力や帰納法的アプローチが必要で、ルールの遵守によるリスク管理という点で違いがある。
IFRSに早く取り組み自社の状況を把握することが重要
今後、情報システムの再構築に求められるのは、説明責任を果たすシステムとして位置づけという中澤氏。「重要なのは、早めに取り組んで自社の状況を把握・整理すること。EUの企業では取り組みの遅れが反省点となっている」とアドバイスする。
そして最後に、「IFRS対応は、連結ガバナンスや投資効率改善に向けた経営スタイル改革のきっかけとして、あるいは経理・財務部門の会計リテラシーの強化のきっかけとしても良い機会になる」と語り、中澤氏は基調講演を終了した。