労基法大改正にともなうITシステム刷新の投資計画はいつから始めればよい?CIOらが見るべき2観点とは
第2回:ヤマトHD、クレディセゾンの先行事例から投資すべき内容のヒントを探る
ヤマトHDとクレディセゾンの例:ITシステムでどの数字を可視化しているのか
続いて、先行事例となる企業の人的資本の情報開示事例から、対応内容を考察しましょう。これらの企業は、労基法改正への対応を進めていることを必ずしも方針として出しているわけではありませんが、今回考察したような内容の先行対応そのものであると筆者は思います。働き方を多様で自律的なものにしていく要請は、法を待たずに現場から出てくるものです。法改正は対応の機会であり、対応への要請が社会的に促進されるのだと考えるべきです。
まず、ヤマトホールディングスの「統合レポート2025」は「働く時間帯の設計と調整が必要な業務」の先行事例といえます。
具体的に中身を見てみると、人事戦略の重点実施項目として「要員管理体系(ルール)の整備」と「組織状態の可視化」を挙げています。あわせて、日々の業務量を機械学習モデルで予測し、それに基づいて人員と車両を配置する「稼働設計の高度化」に取り組んでいることが記載されており、特定の社員に業務負荷が偏ることを防いでいます。働き方の事前設計と、状況をリアルタイムに確認できる整備が、輸送を中核とする企業にとって重要度が高いことがわかります。
この考え方は事業部側にも及んでおり、企業間の垣根を越えた共同輸配送のプラットフォーム構築では、想定効果として「ドライバーなどの労働環境、処遇の改善」を省人化率65.1%という形で置いています。さらに2026年3月期には、労働市場における競争力を高めるため、報酬や労働時間などの労働条件を見直し、各事業に適した水準へ改定を進めているといいます。シフト制や交代制などの要員管理について、柔軟かつより複雑な状態に堪えうるインフラ整備と、労働条件を事業ごとの水準に合わせて設計しなおすという判断は、今回考察した制度対応の先行的なモデルといえます。
次に、クレディセゾンの「統合レポート2025」は「働いた時間と成果が比例しにくい業務」への先行事例です。
同社は、DX戦略の成果を業務削減時間161万時間(2019年度から2024年度の累計)として開示しています。一方で、非財務データに並んでいる月間平均所定外労働時間は、2019年度の10.8時間から2024年度の13.1時間まで、この6年間で増加しています。同じ期間に有給休暇の取得率は82.5%から90.0%へ上がり、離職率は下がっています。
効率化によって生まれた時間を“質”的に把握して、働く内容自体の改善を測ることができている事例です。このように、雇用基盤において、効率化の成果と労働時間は、別の指標として並べて見る必要性が高まっており、働く内容や工数の把握が可能な基盤への先行対応だといえるでしょう。
こうした情報を取得することで、どのような働き方に関する制度を適用すればいいのか深く検討でき、労基法の改正で想定されるような制度の有効活用ができるようになるのではないでしょうか。
そのほか、同社は生成AIの活用について、個人レベルでの業務効率化にとどまることが多く、チーム単位での活用や優れた事例の全社展開が進みにくい、という課題も明記しています。個人差がそのまま残ることを課題として扱い、仕組み側で解こうとしている、という読み方ができます。
なお、ここで述べている内容は、開示情報をもとにした筆者の想定も多く含まれます。事例として挙げた企業は、公開されている開示情報のうち、労基法改正の内容における考え方に似た部分を具体として示したものであり、各社の労基法改正への対応そのものについて述べるものではありません。そのうえで、こうした考え方が必要になっていること自体は、開示を先行して進めている企業の記述に現れていると考えられます。
今年度中に「誰がいつ・どこで・何をして、その後どうなったか」把握できるITシステムに向けた投資を
先行事例に見たように、企業には現場の働き方にあわせた“質”の構造、多様で自律的な働き方を可能にする基盤整備が必要です。
2026年7月、「経済財政運営と改革の基本方針2026(骨太の方針2026)」と「日本成長戦略」が閣議決定されました。「日本成長戦略」では、成長を担う人材の育成と働く場の変革が、産業政策と一体で進められる形になっています。
労基法の改正案の詳細はまだ動く余地があるものの、大枠の方向性は見えており、働き方が自律的で多様になっていくことは確実です。ならば、誰がいつどこでどう働き、そこから何が生まれているのかを、より細かい単位で把握しなければいけないことも確実です。この記事で見てきた方向での検討と投資は、改正の細部がどこに落ち着いても必要だといえます。
反対に、この部分の整備が遅れると、影響は法令対応の巧拙にとどまらなくなります。働き方を把握できていなければ、制度を柔軟にすることも、負荷の偏りを直すことも、事業の側と突き合わせて付加価値を増大させることもできません。働き方を経営環境や雇用政策にあわせて、雇用政策や労基法改正の趣旨とする方向で進化させることができるか。それとも、経営や事業の制約条件になるような要素を残してしまうか。これは、今年度の基礎検討や投資検討の内容によって大きく左右され、十分な検討が必要な部分です。
この記事は参考になりましたか?
- 他人事ではない「労基法大改正」 IT部門に課された命題連載記事一覧
-
- 労基法大改正にともなうITシステム刷新の投資計画はいつから始めればよい?CIOらが見るべき...
- タイムリミットはまさに「今」 労基法大改正にともないIT部門が棚卸しすべき4項目と課された...
- この記事の著者
-
松井 勇策(マツイ ユウサク)
産学連携シンクタンク iU組織研究機構 代表理事・社労士。情報経営イノベーション専門職大学 客員教授(人的資本経営・雇用政策)。社労士・公認心理師・AIジェネラリスト。
時代に応じた先進的な雇用環境整備について、雇用関係の制度や実務知識、特に国内法や制度への知見を基本として、人的資本経営の推進・AIやICT関係の...※プロフィールは、執筆時点、または直近の記事の寄稿時点での内容です
この記事は参考になりましたか?
この記事をシェア
