元エーザイCFO「経理・財務部門は真の“価値創造主”である」 AI時代にも活きる「柳モデル」の底力
人的資本はコストではなく“価値を創出する投資” 見えない価値を数字で示す方程式
2026年7月16日に開催された「SAP Concur Fusion Exchange」の基調講演に、早稲田大学大学院 客員教授であり、かつてエーザイでCFOを務めた経歴をもつ柳良平氏が登壇。現代の企業価値の8〜9割を占める非財務資本の重要性と、ESG投資をPBR(株価純資産倍率)向上へと結びつける独自の回帰分析「柳モデル」について解説した。さらに、人件費をコストではなく“将来の価値創造への投資”と捉えなおす「インパクト会計」や、従業員のモチベーションを高めたエーザイでの実践事例を紹介。本記事では、AIを活用して経理・財務部門が単なるコスト管理から“価値創造の牽引役”へと変革し、日本企業の潜在価値を最大化するためのロードマップを提示する。
日本企業の非財務価値は過小評価されている
現代のビジネスにおいて、企業価値の決定要因は変わりつつある。かつて工場や設備などの有形資産(財務資本)が企業価値の主流とされていたが、今日、その主役は「無形資産(非財務資本)」へとシフトしている。
ニューヨーク大学のバーク・レブ(Baruch Lev)教授らは著書『会計の終わりと投資・経営にとっての未来(The End of Accounting and the Path Forward for Investors and Managers)』(2016年、Wiley)にて「企業価値の過半は無形資産に帰属し、現行の会計基準では企業価値の半分も説明できない」と指摘したが、従来の財務諸表だけでは企業の真の姿を捉えきれない。
また、米国の知財コンサルティングファームであるオーシャントモ(Ocean Tomo)のデータによれば、S&P 500企業の価値に占める無形資産の割合は、かつての2割から近年では8〜9割に高まっているという。
この“見えない価値”を高めていくカギが、柳良平氏が提唱する「PBR(株価純資産倍率)仮説」だ。これは、ロンドンの国際統合報告評議会(IIRC、現IFRS財団)でグローバルな投資家と議論を重ねて構築したものであり、今日ではIFRS財団の指針の一部となっている。
PBRは「株価÷1株当たり純資産」で算出され、企業の市場価値が帳簿上の純資産の何倍かを示す。PBRが1倍の部分までは、財務諸表に現れる「財務の価値(財務資本)」、すなわち解散価値に対応する。一方、PBR1倍を超えるプレミアム部分は、財務諸表に記載されない「見えない価値(非財務の価値)」の総和となる。
IIRCが定義する「人的資本」や「知的資本」といった非財務資本は、現在は貸借対照表に資産計上されないが、中長期的に将来の財務価値へ転換される性質をもち、柳氏はこれらを「プレ財務資本」と呼ぶ。株式市場は、この非財務資本が将来もたらす財務価値への期待値を織り込むことで、PBR1倍以上の市場付加価値を形成しているのだ。
日本企業のPBRは向上傾向にあるものの、欧米企業と比較すると見劣りしている。これは、財務的にROEが株主資本コストを上回る期待値の低さに起因するが、本質的な問題は「日本企業の豊かな非財務価値が、世界の投資家から過小評価されている」点だという。
「日本には、神道の精神をはじめ自然や社会と調和するDNAがあり、環境や社会貢献への意識が高い。さらに、高いモラルをもつ労働者、深い顧客関係、崇高な理念など、潜在的なESG(環境・社会・ガバナンス)の価値は計り知れません。しかし、これらが“曖昧な綺麗事”として語られるにとどまり、明確な開示やエンゲージメントに結びついていないため、投資家からの評価がともなっていないのです」(柳氏)
見えない価値を定量化し、一貫した論理で示す。これこそが、経理・財務部門に求められる責任だ。同氏は小説『星の王子さま』の「本当に大切なものは目に見えない」という一節を引用しながら、見えない価値を可視化することは答えの見えない険しい旅路であるとしながら、それを果たすことこそがプロの役目だと語った。
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