企業の競争優位に貢献する情報システムのあり方とは?
ITについて語る際、よく「ビジネス戦略に直結する情報システム」という言い方がされるが、これは必ずしも正確とは言えない。確かに情報システムは、企業の競争優位を確保する上で強力な武器となり得るが、ビジネスそのものを体現するものというよりは、むしろビジネスの基盤を支えるインフラとしての性格が強い。従って、情報システムさえ導入すればすぐに競争優位が実現されるわけではない。
ただし世の中には、企業の競争優位に貢献している情報システムが、確かに存在する。特に、データの蓄積と分析、活用を通じて他社との差別化に成功し、競争優位を獲得している企業は数多く存在する。そうした企業は、一体どのようなメカニズムで競争優位に貢献するデータ活用を実現しているのだろうか。 私はそのメカニズムを、「仕組」という概念を使ってひも解くことができると考えている。そこで本稿では、実際にデータの蓄積、分析、活用で競争優位を実現した企業の事例をいくつか示しながら、この仕組という概念について詳しく紹介してみたいと思う。
スタッフサービスのスピード重視戦略を支える「仕組」
まず初めに、スタッフサービスという人材派遣会社の事例を紹介する。同社は人材派遣市場でトップシェアを占める業界のリーディングカンパニーだが、極めて特徴的な差別化戦略をとっていることでも知られる。人材派遣業界と一口に言っても、実は取り扱う人材の種類や職種によって、様々な事業ドメインが存在する。同社はその中でも、最も市場規模が大きく、かつ汎用性の高い「事務職の派遣」に事業をフォーカスし、成功を収めている。
しかし事務職派遣は、市場が大きいが故に、逆に他社との差別化を図りにくい分野でもある。派遣会社に登録する求職者は、大抵の場合は複数の派遣会社に同時に登録するため、クライアント企業に紹介する「人材そのもの」で差別化を図るのは難しい。また、企業にとって派遣人材は、必要なときは高コストでも必要だし、不要なときはたとえ低コストであっても不要だ。つまり、価格で差別化を図るのも難しいということだ。
そこでスタッフサービスがとった戦略は、他社よりも圧倒的に早い納期を実現することだ。事務職派遣のマーケットにおけるニーズは即日性が高いため、スピードは何よりの武器になる。そのために同社では、「2時間人選」と「Arrival25」という2つの取り組みを実践している。
2時間人選とはその名のとおり、クライアント企業から人材紹介の依頼を受けてから2時間以内に希望条件に合致する人材を紹介するというもの。通常は困難と思われるこのスピードを実現するために、同社では求人と求職のマッチングに「あいまいマッチング」という独自の方法を取り入れている。
事務職派遣の世界においては、求人側と求職側、それぞれの希望条件が必ずしも完璧に一致しなくとも、双方が満足するマッチングが成立するという特徴がある。スタッフサービスでは、こうした業界特有の性質を逆手に取り、あいまいさを許容する代わりにスピードをとことん追求する独自のマッチングの仕組みを構築した。同社では、この独自のマッチングのノウハウを持つ200人のコーディネーターが、データマッチングのための情報システムを駆使しながら2時間人選を日々遂行している。
また、人選自体のスピードを上げるとともに、クライアント企業とのコミュニケーションを高速化するための施策も同時に行っている。それが、企業から連絡を受けてから25分以内に営業マンが訪問するというArrival25 だ。この「25分以内」という目標を達成するために、スタッフサービスの営業マンは常にPDA 端末を携帯し、クライアント企業から連絡があった際には本社のSFAシステムを通じて、すぐに訪問の指示を受けられるようになっている。
このように、2時間人選では求人データと求職データを蓄積・分析・活用するデータマッチングシステム、そしてArrival25ではSFAシステムという情報システムが、非常に重要な役割を果たしている。しかし、同社の競争優位を支えているのは、あくまでも2時間人選とArrival25という取り組み全体であり、それは情報システムだけで実現されるものではない。その運用方法や、運用を通じて蓄えられた独自のノウハウも含めた仕組の全体が、同社の競争優位に貢献しているのだ。