▲SAPPHIRE NOWは毎年、こちらのひろーいイベント会場「Orange County Convention Center」で開催されます。今年は2万5000人を超える参加者が集まったそうで過去最大規模のイベントとなりました。会場が本当に広くて、目的の場所(キーノート会場、ミーティングルーム、インタビューの場所…)にたどり着くのがなかなか大変ですが、まあ、それは我慢しましょう。でも、おそらく20度以下と思われる空調の温度設定は来年からもうやめていただきたい!!!(←かなり切実)とくにキーノート会場は南極か八甲田山かと突っ込みたくなるような冷えっぷり。日本のプレス陣はみな厚着でぶるぶる震えながらキーを叩いておりました。
▲初日の6月3日はビル・マクダーモット(Bill Mcdermott)CEOによるオープニングキーノートでスタート。この5月から単独CEOとなったマクダーモットさん、いつもアグレッシブでいかにもアメリカ人らしいエグゼクティブという印象が強かったのですが、今回はすこし落ち着いた感じが。単独CEO就任にあわせて活動の拠点をドイツに移したことも影響しているのかもしれません。キーノートでは新製品となるSaaSベースのERP「SAP Simple Finace」やSAPアプリケーションの共通UX「Fiori」の無償バンドルについて発表を行いました。「SAPはHANAとクラウドでITをシンプルにする」と力強く宣言。さて、できるかな?
▲マクダーモットCEOのキーノートの前に、バックグラウンドが異なる3人の若者が"Young Innovators"として登壇し、それぞれのイノベーションに関する短いプレゼンを披露。左から、20カ国語(日本語も!)を操る18歳のニューヨーカー ティム・ドーナー(Tim Doner)、シエラレオネ出身の15歳で"DJ Focus"ことケルビン・ドー(Kelvin Doe)、ドキュメンタリー「She++」の製作者でシリコンバレーで最も影響力のある女子大生として有名なエイナ・アガワル(Ayna Agarwal)。ここ数年、SAPは若い起業家やイノベーターへの支援を積極的に行っており、フレッシュなイメージの拡大に努めています。テクノロジベンダとして誰に使ってもらいたい技術なのかを考えて開発すれば、おのずと大切にすべきユーザ層が見えてくるわけで、そういう意味で「HANAをもっと若者に!」というSAPの姿勢は理解できます。
▲SAPPHIRE 2014のテーマは「Run Simple」-クラウドとHANAによるITのシンプル化を図るために、まずはSAP ERPをHANAネイティブに書き換えていくと宣言、その第一弾として「SAP Simple Finance」のローンチが発表されました。GA時期は未定ですが、年内にはリリースされそうな感じです。その間に既存ユーザの不安 - ERPのオンプレミスからクラウドへの移行に関する不安をどう取り除いていくかが、SAPの腕の見せどころになるかもしれません。
▲SAP Simple Financeではデータモデルのもちかたが既存のERPから大きく変わるとのこと。たとえば既存のERPではストックタイプごとに数多くのインベントリテーブル(MSEG、MSTQ、MSSA、MSKA、etc...)を用意し、その後マスターデータに統合するというプロセスを経ていますが、SAP Simple Financeであれば最初から全ストックモデルのインベントリがコンソリデートされた1つのテーブル(リニューアルされたMSEG)を使うことで、格段にシンプルに速く処理できるように可能になります。SAPによればスループットは3倍に、フットプリントは半分になるとのこと。
▲マクダーモットCEOのキーノートのあとに行われたプレスカンファレンスには、同CEOのほかSAPの現経営陣がずらりと登壇。SAPPHIRE NOWでSAPがこうした一枚岩な感を前面に出してくるのはめずらしく、おそらく単独CEOとなったマクダーモットさんを米独の両チームが支えていくという姿勢の強い表れかと。実は今回のカンファレンスの直前、HANAの生みの親と称されるビシャル・シッカ(Vishal Sikka)CTOが退職するというショッキングなニュースが発表されました。「SAP大丈夫なの?」というステークホルダーの疑問や不安が出るのは当然で、これに対し経営陣全員で「大丈夫、心配いりません(キリッ」という姿勢を報道陣に示したと思われます。マクダーモットCEOの左隣は新CTOとなったバーンド・ロイケ(Bernd Leukert)氏、右はファイナンス部門のトップでグローバルマーケティングのボードメンバーでもあるルカ・ムシッチ(Luka Mucic)氏。ムシッチ氏はSAPジャパンの取締役でもありますね。
▲SAPPHIRE NOWは米国SAPのユーザグループ「ASUG」によるカンファレンスでもあり、毎回必ずスペシャルゲストがキーノートに登場します。今年の登壇者は2009年の「ハドソン川の奇跡」で有名なチェズレイ・サレンバーガー氏(Chesley Sullenburger)氏。米国人にとってのヒーロー登場で、会場全員スタンディングオベーションでお出迎え。すでにパイロットは引退されているとのことですが、まとっているオーラがハンパない。「誰かに強制される前にみずから進んで変わること、それがイノベーションを成功に導く」「自分自身へ投資し、学び続け、そして成長していくことを決してやめてはいけない。あなたのキャリアを拓くのに必要なのは、自分自身の手で磨いたスキルセット。これなしでは前に進めない」と名言たくさん。神業のような不時着水も、ふだんからの訓練の成果であり、逆にいつもやっていないことは緊急時にはできないわけで、こういう方が言われると重みがあります。
▲2日目のキーノート、トップバッターはベストセラー『イノベーションのジレンマ』の著者であるハーバードビジネススクールのクレイトン・クリステンセン(Clayton Christensen)教授。お得意の持続的イノベーションと破壊的イノベーションの比較が始まると、会場全体がまるで大学の講義のような雰囲気に。「ビジネスで重要視すべきなのは顧客体験(カスタマーエクスペリエンス)などではなく、顧客がいま直面しているやるべき仕事(job-to-be-done)。下手なデータアグリゲーションを行うとその重要なポイントが忘れられてしまう」と人為的なアグリゲーションを全力で否定していた点が印象的でした。
▲クリステンセン教授に紹介されて登場したのは、おなじみハッソ・プラットナー(Hasso Plattner)先生。SAP創業者のひとりで現在もSAPの技術開発において強いリーダーシップを発揮しており、SAPの社員からは敬愛の念を込めて"ハッソ"と呼ばれています。マクダーモットCEOとは違って、アグレッシブなイメージとはほど遠いプラットナー先生ですが、じわじわくる感じのキャラ立ちっぷりはさすがに創業者。「HANAは顧客のビジネスを破壊しない破壊的イノベーション」「インメモリデータベースにアグリゲーションは必要ない」「マルチテナントはベンダの論理、ユーザのことを考えていない」などなどユニークな持論を今年も元気に(でも温度は低く)展開されておりました。ちなみに昨年のSAPPHIRE NOWでのプラットナー先生の公演の模様はこちら
▲今回のSAPPHIRE NOWが公式の場でのお披露目となった新CTOのバーンド・ロイケ(Bernd Leukert)氏がプラットナー先生につづいて2日目キーノートに登場。前任のビシャル・シッカ氏が強烈な顔と個性の持ち主だっただけに、比較するとやや薄いキャラに感じてしまうわけですが、独SAPの開発本部で約20年に渡りキャリアを積んできた実力派のベテランです。「この激動の時代、企業にとって最も重要なのはフレキシビリティ(柔軟性)」であり、HANAがそのためのプラットフォームになると断言。今後、Simple FinanceをはじめとするsERPシリーズはロイケCTOの下で開発が進められていくことになりますが、そのリーダーシップに期待したいところです。
▲ロイケCTOからはIntel、HP、VMware、Red Hatといった企業とのパートナーシップについて発表が行われました。そのうちVMwareのパット・ゲルシンガー(Pat Gelsinger)CEOはキーノートにサテライトで登場、EMC World 2014でも発表した「SAP HANA Platform on VMware vCloud Suite」を軸に、今後も両者の提携関係を強化していくとのこと。パフォーマンス、サポート、ライセンスの3つが障壁だった仮想環境上のデータベース構築を、HANAとVMwareの組み合わせで解決していくそうです。
▲SAPPHIRE NOWはだだっぴろーい会場がキーノートエリア、展示エリア、ミーティングエリアなどにざっくりと分けられていて、展示エリアではしょっちゅうミニセミナーの形式で各社のSAPソリューションの説明が行われています。会場内にはいたるところにコーヒーやソフトドリンク、軽食、時間帯によってはアルコールも置かれていて、来場者は飲み物食べ物片手にカジュアルに参加。ここNTTデータのブースも常に人がいっぱいでした。
▲最近の大きなベンダのカンファレンスでは、イベント終了後にそこそこ売れているミュージシャンのライブが行われることが多いのですが、今回のSAPPHIRE NOWは2日目終了後に、なんとボン・ジョヴィのライブ! いやー、本当に楽しかったです。ビール片手にボン・ジョヴィを生で聞きながら大騒ぎ(写真ではわかりにくいんですが、けっこう良い席をいただきました)、周囲はみんな写真撮ってソーシャルにアップしているし(←筆者もやりましたが…)、すごい時代になったものです。著作権の関係なのか、演奏した楽曲はオリジナルと違うものもいくつかありましたが、十分に楽しめました。SAPさん、ありがとう!!!
▲最終日のキーノートはパートナー企業2社から。最初に登壇したのはOpenTextのCEOであるマーク・バレンシア(Mark Barrenechea)氏。オラクルやCAでキャリアを積んだのち、SGIのCEOを経て現職となった方です。OpenTextはカナダに本社を置くソフトウェア企業。文書や各種コンテンツなど非構造化データの取り扱いを得意としており、エンタープライズ情報管理(EIM: Enterprise Information Management)としてソリューションを提供しています。今回、HANAをベースにしたSAP ERP上でのコンテンツマネジメントシステムを両者でインテグレートしていくと発表、今後のパートナーシップ強化も謳っています。「デジタルネイティブがもうすぐ職場にわんさか来るようになる。彼らはオンプレミスが何かをまったく知らないし説明しても理解できない。だから先にあらゆるプロセスをデジタル化/クラウド化しておいたほうがいい」とのこと。
▲もうひとりのキーノート登壇者はAdobeのデジタルマーケティング部門シニアバイスプレジデント兼ジェネラルマネージャのブラッド・レンチャー(Brad Rencher)氏。SAPは現在、マーケティングビジネスにも力を入れていますが、長年のパートナーであるAdobeとはこの分野でも提携を強化していくとしています。「デジタルマーケティングの世界は流れが激しい。1年前の常識はもう通用しない」とレンチャー氏。この激変する時代においては「ナード(nerd)こそが新しいトレンドの作り手」と強調されていましたが、なんとなく日本語の"オタク"とは意味が違う気がしました。顧客自身も気づいていない顧客のニーズをすくい上げるほど"個"に密着し、時代の趨勢を見誤らない目をもつナードなマーケター…人間にそれを求めるのが難しいからこそ、デジタルでそれを支援するというのがAdobeの主張。
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例年と異なり、あまり「ビッグデータ」「インメモリ」「ビジネスインテリジェンス」といったテクノロジ系のキーワードを聞く機会の少なかったSAPPHIRE NOW 2014。これはたぶん、SAP自身が顧客のビジネスに寄り添う存在に戻ろうとしている、いわば原点回帰のカンファレンスのように筆者には見えました。ここ数年のSAPはどちらかというと最先端のテクノロジベンダとして打ち出そうとしている感が強く、その象徴がHANA、そしてクラウドファースト、モバイルファーストという姿勢でした。それはそれで悪くはない選択でしたが、あまりにテクノロジサイドに寄り過ぎて、SAP本来のあるべき姿、顧客のビジネスに近い存在であるという哲学がおざなりになっていたようにも見えていた部分があります。今回掲げられた"Run Simple"というキーワードは、SAP自身にもそのまま当てはめるべき言葉なのかもしれません。
もっとも原点回帰と言っても、SAPはもはやHANAのないSAPには戻らないでしょう。組織も一新し、あらためて顧客とともに"Run Simple."な世界を実現しようとしているSAP。その手にはつねにHANAがあり、クラウドがある。いち企業として行く道を新たな覚悟と決断をもって示したカンファンレンスだったように思えます。