本稿ではトランプ氏が米国の次期大統領に決まった翌日の11月9日、米サンフランシスコにて行われたクラウドカンファレンス「Structure 2016」での米国政府調達庁「GSA(General Services Administration)」によるセッションの内容をご紹介します。GSAは米政府が必要とするすべての備品を文字通り"調達"する省庁であり、当然ながらそこにはソフトウェアやWebサービスなども含まれます。このGSAが2014年に立ち上げたデジタルサービスチーム「18F」が実現しているアジャイルなアプローチに触れながら、米政府が歩んできたこの8年のIT施策の成果をあらためて振り返ってみたいと思います。
18Fとは
はじめに18Fという組織について簡単に説明しておきます。前述したように18Fは2014年8月にGSA内に設置されたデジタルサービスチームで、設立当初からリーンスタートアップをポリシーとしたチーム運営がなされています。"18F"というすこし変わった名前は、オフィスの住所がワシントンD.C.の「18th & F Street」であることに由来しています。
このチームのミッションは、政府内のチーム/エージェンシーが手がけるプロジェクトを、要求仕様の絞り込みやプロセスの設計、サイトデザイン、APIの提供といった側面からサポートすることです。導入インフラのアドバイスや技術トレーニングも行っており、場合によってはサイト構築を全面的に請け負うこともあります。これまで18Fが手がけたプロジェクトには、米移民局のポータル、米政府が運営するサイトへのアクセス状況をリアルタイムに表示する「Analytics.USA.gov」、国立公園の子供たちの入場料を無料にするキャンペーン「Every Kid in a Park」など数多くあり、そのほとんどが数カ月以内にローンチに至っています。
18Fはもちろん米政府内のオフィシャルな機関ですが、約200名ほどのスタッフはほとんどが民間企業出身者、とくにITの分野で深い知見と技術をもつ人材で構成されています。今回、Structureでセッションを行った18Fのイノベーションスペシャリストであるバーンド・バースト(Bernd Verst)氏も、GSAにジョインする前はTwitterのデベロッパリレーション部門やGoogle Cloud Platformなど、最先端のIT企業で勤務していた経験をもっています。
また、アジャイルなサービス提供を心がける以上、組織そのものもアジャイルであることを重視しており、ワシントンD.C.在住者の比率は45%、残りのスタッフは全米各地からリモートでプロジェクトに参加しています。
18Fが誕生したきっかけはオバマ政権における「Healtcare.gov」プロジェクト(2013年)の大失敗にあります。トランプ氏が次期大統領に決まったことにより、先行き不透明感が強まるオバマケアですが、Healthcare.govでは低所得者でも容易に保険商品を選べるよう、インターネット上から自由に商品を比較/加入できるサイトとなるはずでした。「お得な保険商品を取り揃えたeコマースサイト」を米政府がみずから運営しようとしたのです。しかしいざオープンしてみると、サイトが重くて使い勝手が悪いだけでなく、そもそも申し込みできない、申し込んでもいない商品の内容が送られてくるなど、さんざんな結果に終わっています。失敗の原因についてはいろいろと取り沙汰されましたが、プロジェクトが巨大になりすぎ、全体像を把握できる人物(あるいはチーム)が存在せず、責任の所在があいまいになってしまったことが最大の要因だと言われています。
このHealthcare.govでの痛い経験をもとに、「各分野にすぐれたスペシャリストを集めた、省庁横断型のデジタルデリバリチーム」の必要性がクローズアップされ、最初からリーンスタートアップをポリシーとし、アジャイルであることを最優先とした組織として18Fが立ち上げられました。