集中型と分散型のチームが協力する
「物理とデジタルの境界がなくなっている」―そう指摘するのは、サミットのオープニング基調講演を行ったガートナー リサーチグループ バイスプレジデントのバル・スライバー氏だ。結果的に人々の生き方まで変わってきており、どんどん「もの」が知性を持ち始めているという。彼がこの変化の例として示したのが交通事故の状況だった。
事故が起こり衝突すれば、車は突然止まってしまう。今ならそれをモバイル機器や自動車自身が検知する。そして、着ていた洋服などにセンサーが付いていれば、乗っていた人が怪我をしたかも検知できる。事故による車の損傷も、人が確認せずとも部品などに付いているセンサー情報を収集して把握でき、自動的にレポートを作成できるかもしれない。
出来上がったレポートは、インターネット経由で保険会社や自動車修理工場などに送られる。そのレポートを受け取った近くの修理工場では適切な牽引車を手配し、保険会社では補償のためのプロセスが人を介さずとも始まる。保険会社には、事故現場の周囲にある監視カメラの映像なども送られるかもしれない。
「米国なら、これら情報のすべてが弁護士に届くでしょう。このような事故から始まるある種のビジネスの流れは、遠い未来のことのようにも思えます。しかし技術的には今すでにあるものでほぼ実現できます。センサーなどで自動的にデータを収集、それを関係者に適切なタイミングで渡しどんどんビジネスプロセスが自動で回り始める。データが渡される際には、集められたデータを分析し、その結果を使って最適なプロセスが自動で選ばれる。適切な判断が素早くできれば、これまでは助けられなかった人の命も救えるかもしれません」(スライバー氏)
センサーからのデータを集中的に集め、それに対し分析を行い知見を得るようなアナリティクスももちろんある。しかしこの自動車事故の例は、とにかくデータを1カ所に集めてから役立つ知見を見いだすものではない。得られるデータは分散処理され、個々の関連するプロセスで最適な判断をするために利用される。
企業の中でも情報の集中化ではなく、すべての人がデータを使うというような話が出てきている。集中を待っていたのでは判断が間に合わないので、おのおのが自分でデータを集め分析するのだ。つまり、おのずとデータは企業の中で分散化する。こういった企業内でのデータの分散化は、望むか望まないかに関わらずどんどん進でいるという。この動きはExcelの活用などから始まり、今ではセルフサービス型のBIへと進化している。
セルフサービス型のBIは、ともすれば「シャドウIT」などとも呼ばれ、あまり良いイメージはない。企業のコンプライアンスやガバナンス面からはルール違反であり、セキュリティ面でもリスクとなりかねない。実際、ガートナーによるとうまくいくセルフサービス型のBIイニシアティブは、全体の16%未満しかないとのことだ。
こうしたセルフサービス型BIで実現する分散型のデータ活用は、ガートナーでは「シチズンアナリティクス」あるいは「シチズンデータサイエンティスト」と呼んでおり、今後積極的に活用すべきものだという。従来型のガバナンスの効いた集中型のBIとシチズンアナリティクスの関係は、堅牢な岩と水のように流れるものの違いだという。これまでは堅牢なBIこそがうまくいくBIだった。
堅牢なものの例外となるのが、シチズンデータサイエンティストが扱う世界だ。ガートナーでは、これから2017年にかけビッグデータのプロジェクトの60%程度はパイロット、あるいは実験段階から抜け出せないと予測している。集中型の堅牢なBIをやろうとして、結果的に実験段階から抜け出せずに失敗に終われば被害は甚大だ。これが水のように流れるシチズンデータサイエンティストの世界であれば、失敗しても被害は小さい。さらにその失敗を糧に、変化していくこともできるだろう。
「そもそも完成したビッグデータ・プラットホームなんてものは存在しません。自分たちで徐々に構築していくものです。これは、極めて流動的なものなのです」(スライバー氏)
理想的なのは、分散化したシチズンデータサイエンティストのチームと対話する、集中化のBI、アナリティクスチームがある形。どちらかだけでなく両方あり、分散化チームと集中化チームが協業して小さな実験的なものからやるのが、結果的にはビッグデータ・アナリティクスの活用における近道になるのだ。