「経験のデータ」を価値に
クアルトリクスの事業は、「エクスペリエンス・マネジメント(XM)」というもの。顧客や従業員、製品、ブランドなどの状況を分析するアンケートやサーベイのプラットフォームだ。従来の時間のかかる「顧客満足度調査」や「従業員調査」と異なり、オンライン上の様々なタッチポイントからスピーディに情報を収集し、管理・分析する。
CEOのライアン・スミスは、ユタの大学の学生時代にこのツールを作り、クアルトリクスを起業。主に大学向けに提供した。やがて卒業生が就職し、継続して製品を活用したいとの要望があり、企業向けにも提供を拡大したという。
── 企業の経緯と事業のコンセプトについてお聞かせください。
ライアン・スミス:20年ほど前の大学時代に、実家の地下室から始めた会社です。われわれの事業の目的は「もともと存在していないデータを収集し、それに基づいて人々がアクションをとれるようにする」ということです。人々の「経験データ」が元にある。「経験データ」というのは、以前はなかった考え方です。
インターネットが普及し、スマートフォンやIoTによって、ビッグデータの収集・分析は行われるようになりましたが、人々がどんな気持ち(センチメント)を持ち、どのように行動しているかといったデータを分析する方法がなかった。
もともとは大学の教職員が学生に教えるためのツールでした。そのツールを使った学生たちが、卒業してから職場に持ち込んでいき、企業にも浸透したため、エンタープライズ向けのプラットフォームとして成長しました。顧客の「カスタマーエクスペリエンス」や、消費者の感情を測定することが、ビジネスにおいて重要なことが認知され、その分野で支持され、今では世界中の10000を超えるブランドで使われています。拠点は日本、シンガポール、オーストラリア、ニュージーランドなど、世界中に広がっています。
いろいろ、ヒアリングしていくと、航空機、自動車、通信、金融などあらゆる業種が、顧客の「経験データ」を必要としていることがわかったのです。
それまで企業は、「インサイド・アウト」というやり方でまず「製品ありき」でした。それが「アウトサイド・イン:顧客や従業員の状況を知り、製品を提供する」というアプローチに変わってきたからです。
SAPのビル・マクダーモットからの電話
急成長したクアルトリクスは、ユニコーンとして注目を浴びていた。昨今の米国の株式市場は、「GAFAの次を狙え」とばかり、新興のテック企業に熱い視線を投げる。中でもクアルトリクスは筆頭格だった。SAPからの80億ドルの買収提案があったのは、ニューヨーク証券取引所で鐘を鳴らすIPOセレモニーの直前だったという。
ライアン・スミス:2018年にIPOが決まり、ニューヨーク証券取引所、NASDAQへ上場することになり、登録もすべて済ませ各銀行や金融機関とも調整をすませました。
IPOのセレモニーの鐘をならす3日前、SAPのCEO ビル・マクダーモットからの電話が鳴ったのです。その時、私はカリフォルニアのペブルビーチにいました。電話の内容は、「パートナーとして一緒に組まないか?」というものでした。
彼が言うには、「SAPとしてマーケットを全部見渡したけれど、クアルトリクスのようなプラットフォームは他にはない。一緒に世界にむけてどんどん普及させていこう」と。そのビジョンに共鳴して、迷いなくOKしたのです。
── その時に、ウォールストリートなど市場関係者の反応は?
ライアン・スミス:
金融関係者は最初、のけぞったみたいです(笑)。バンカーたちはとにかく嫌がってましたね。それまで、IPOが非常に順調に進んでいたし、彼らにとっては、2018年の最大級の規模のディールになるはずでしたから。
それでもSAPとクアルトリクスの組み合わせは、ビジョンがとても明確だったので、ステークホルダーたちは、すぐに納得してくれました。クアルトリクスでアジアパシフィック&ジャパン(APJ)を統括している、ビル・マクマレーに電話した時も「ああ、そうか」と二つ返事の承諾でした。
今回のディールはお金が目的ではなく、クアルトリクスのプロダクトが素晴らしく世界中の企業が必要としているから、SAPと連携して世界中に広めようというコンセンサスを得たのです。