顧客体験から従業員体験へ、広がるチャットボットのユースケース
「SAP Conversational AI」の土台となっている技術は、SAPが2018年に買収したRecast.aiだ。Recast.aiでCTOを務め、現在SAPでマネージングディレクターを務めるOmer Biran氏によると、創業のきっかけは「開発者が気軽にチャットボットを構築できるようにしたかった」から。「IBM Watsonなどの技術は複雑。データ専門の知識がないとチャットボットを構築できなかった」と述べる。
そこでRecast.aiでは、APIベースで自然言語を理解する技術(NLP:自然言語処理)を構築した。「文章を理解するのではなく、類似性をみるという数学的アプローチをとる。言語中立で、どの言語でも利用できる」とBiran氏。
このNLPを土台に、ボットのトレーニング、Slackなどのチャネルとの接続、カンバセーションフロー構築、アナリティクス、バックエンドとの連携などの技術を要するプラットフォームを構築した。必要な技術を一箇所に集めることで、開発者は容易に組み合わせてサービスを構築できるという。
SAPに買収される前は、通信キャリアなどのヘルプデスクなどで使われることが多かったというが、SAP買収後は従業員体験にユースケースを拡大した。出張の手配、有給申請、新しいPCが必要などの手続きをしたい時に、チャットに聞けば手伝ってくれたり、関連するページを教えてくれる。このような従業員体験は今後さらに重要になるとみる。
「若くて優秀な社員を引きつけ維持するためには、チャットは必要。彼らは“Google世代”ではなく、情報を探すのが好きではない。できるだけキーボードやマウスは使いたくないと思っている」とBiran氏はいう。
SAPのシステムは多機能だが複雑だ。カンバセーショナルAIにより、何かをしたい時にどうすればいいのかをガイドする機能は、SAPがユーザーを維持・確保する上でも重要となる。
Biran氏らは現在、顧客が容易に統合できるようにSAPとの統合を進めている。「チャットボットプロジェクトの3分の1から2分の1が統合作業に費やされている。SAPシステムとの統合により、(バックエンドとの統合に必要な)カスタムコードが不要になる」という。
最新の機能として、Business Connectorを追加した。SAPのPaaSである「SAP Cloud Platform」を利用して、あらゆるSAPサービスとのシームレスな接続が可能になった。「SAP Conversational AIのGUIに目的地の名前を入れるだけで良い。設定に必要な作業が自動化され、開発者はすぐに接続できる」とBiran氏、統合に必要な作業を最大3割も削減可能だという。
この他にも、ネイティブのSSO(シングルサインオン)サポートによりチャットボットの認証を任意のSAPシステムで行うことができるようになった。またSAPのユーザーインターフェイス技術である「SAP Fiori」との連携により、容易にチャットボットを表示できる。具体的には、JavaScriptを自動生成する「Web Client」チャネルを新たに用意、生成されたコードをWebアプリにコピーするとチャットボットがポップアップするというものだ。
これらの新機能を活用して、SAPのセールスクラウド「SAP Sales Cloud」では2020年にSales Cloud内でチャットボットが表示されるようになる予定だ。例えば営業担当のコミッション比率など、認識の相違はユースケースが複雑すぎてチャットボットでは対応できない。
そのような時は、正しいアプリケーションをチャットボットが開き、ユーザーをガイドする。「チャットボットとアプリケーションが連携する。チャットボットとの会話を見て画面もアップデートされるので、ユーザーはチャットでもアプリケーションのGUIでも、好きな方を使うことができる」と説明する。