デジタル変革のために、デジタル技術を活用して顧客との関係性を深め、カスタマー・エクスペリエンスを向上させるアプローチがある。各種マーケティング・オートメーションやSalesforce.comのようなCRMの活用も、そのための有効な施策だろう。そういったアプローチの中で、ここ最近注目されているのがAIだ。顧客に関する膨大なデータを活用し、それにAI技術を適用して顧客との関係性を改善する。情報が多すぎて人手ではリアルタイムな対処ができないことも、AIで自動化しタイムリーに顧客体験を向上できる。
カスタマー・エクスペリエンスを向上させるために、AIなどの新しい技術はいったいどのように活用されているのだろうか。カスタマー・エクスペリエンスとAIについて深い知見を持つ、ガートナー シニア ディレクター アナリストのブライアン・パトリック・マヌサマ氏に話を訊いた。
技術だけあってもなかなかAIの活用には至らない
――ブームと言われるほどAIが話題です。しかしガートナーの調査では、AIの利用が進展していないとのことですが。
マヌサマ氏:2019年には、AIが導入済みとの回答は14%、1年以内に導入するとの回答が23%でした。しかし2020年に導入済みと答えたのは19%しかありません。企業にはAIを導入する意欲はありますが、実際に導入し活用するには至っていないのです。なぜなのか、1番の理由はAIを活用するスキルがないことです。もう1つが、AIでは多くのデータを必要としますが、それが十分ではない。データの質も量も、足りていないのです。
――Salesforceでは、EinsteinでさまざまなAI技術を同社のサービスに組み込んでいます。他のSaaSも積極的にAIを取り入れています。そういった動きがあっても、AIの活用は企業にとって敷居が高いのでしょうか。
マヌサマ氏:Einsteinがあっても、AIの活用は難しいものがあります。既にEinsteinを利用している企業に話を訊いても、彼らからは十分に効果が出ているとの回答は多くありません。Salesforceは、Einsteinで既存機能の強化をしています。これは賢明な取り組みです。しかし技術があったとしても、それを何に使うかのユースケースが必要です。その上でスキルとデータもいります。これらが全て揃っていなければ、なかなか活用できないのです。
――今後もAIの活用はあまり進まないのでしょうか。
マヌサマ氏:そんなことはありません。普及のチャンスはたくさんあります。今は、企業がどこから何を始めれば良いのかが分かっていないのです。AIを活用する具体的なビジョンが見えていない。ベンダーがそこを、しっかりサポートする必要があります。
日本でセミナーを行った際のアンケート結果を見ても、日本企業の3分の1ほどはAIがいったいどういうものかを十分理解していないようです。そうした企業はどこからAIを始めて良いかが分からない。したがって日本の企業には、AIの恩恵がどういうものかをまずは学んで欲しいのです。そしてユースケースを見つけ、しっかりと予算をつけてAIの活用をスタートして欲しいと思います。
――日本ではAIのPoC(概念実証)は数多く実施していますが、そこから本番活用に至らないとの話をよく耳にします。PoCから本番に移行できるようにするには、どうすれば良いのでしょう。
マヌサマ氏:PoCと本番では、大きな違いがあります。PoCの課題はシンプルで、1つだけプロセスを取り出し限られたデータを学習し答えを得る。それに対し本番は、課題はさまざまです。求められるデータの質も異なり、利用するデータ量も大きく増えます。もう1つ、本番では推論や予測の結果を出すだけでなく、それをビジネスプロセスのインフラに組み込まなければなりません。PoCと比べ本番でのAI活用は、利用者の数も増えるはずです。
陥りがちなのが、最初から適用範囲を広げて収拾がつかなくなることです。たとえばコンタクトセンターのプロセスだけ、あるいはWebサイトの対応だけと限られた範囲で適用すれば、AIの効果は見えやすい。AIの活用を大きなストラテジーにしてしまうと、失敗しやすいのです。
ターゲットを絞り込むことで、成功しやすくなります。人手でやる部分とAIで自動化する部分のバランスをとり、限定的に始めるのです。プロセス全てを一気に自動化しようとすると失敗します。